愚かになった人間にどういう言葉を掛けても変えることは出来ないと思いますが、それでも言葉を掛けるしかないので、掛け続けて行こうと思います。
Qouraでの質問
「生きること」と「死ぬこと」ならどちらの方が辛いと思いますか?
圧倒的に死ぬことだと思います。何故なら、死んだら何も出来ないから。何も変えられないからです。
死にたいと思う人の殆どは、現状が辛く苦しい人だと思います。しかし、そこで死を選ぶと、その状況はFIXされてしまうのです。人間の記憶が死んだらどうなるのか分かりませんが、その辛さと苦しさでFIXされるという事は、死んだ後まで辛く苦しい状況を背負わされるという事になるのではないでしょうか?
しかし、生きる限り、それを解消する行動が取れるのです。生きていれば、何かが変わるので、放って置いても解消されることだってあるでしょう。新しい人に出会う、新しいものに出会う、常に明日は新しいことが盛りだくさんなのです。
それは、自分に新しい世界をもたらすのです。今はまだ見ぬ未知なる世界が、私たち全ての人間には用意されているわけです。未知なるものは今はないので目には見えない世界となります。その状況を辛く感じる人が増えているのが最大の原因だと思います。
それは人間本来の状況ではありません。学校教育で強要される学びに依って引き起こされる異常事態なのです。
学びとは過去を知ることなので、人間を過去に縛り付けるのです。それによって、人間だけが出来る自分で考えて行動するという特殊な能力を失われることで、未知なる未来が見えなくなり辛く苦しい現在に閉じ込められる結果を招くのです。
未知なる未来にあるのは自由と無限な世界です。
それとは対照的に、過去にあるのは不自由と有限な世界となります。過去ですから変えられないのでそうなるのです。そして、未知なる未来を過去と重ねることで、変えられない未来という幻想を抱いてしまうのです。
実におかしな現象ですが、脳が一度そう認識してしまうとそれは真実となるのです。
人間の思い込みは実に強力だという事です。しかし、今はない未来にあるのは自由と無限が正しいのです。無い世界というのはある世界と違って凄いのです。それをどう自分が作るかで決まるという事です。
これもまた学んだ人間には理解できない世界です。学ぶ人間は、全てを与えられるので、自分で作るという発想が持てないのです。でも、人間は何でも作れる凄い生き物なのです。それは、人間世界を見れば誰だって分かると思います。
服や食べ物に家に車に飛行機、そして、家電製品に、ネットにスマホにSNSにと、人間世界は人間が作ったモノで溢れているわけです。この人間の何でも作れる凄さを実感できれば、自分たちが何でも作れることに気づかないのはある意味バカなのです。
まあ、こういうバカになるのは学ぶからなのです。従って、学びを止めれば人間は賢くなれるのです。自分で考えて行動することで、自分の人生を自分の思うように作っていける。これこそが人間の力であり凄いところなのです。それは全ての人間に与えられた神を凌ぐ力だと言えるでしょう。
それは自分の人生を生きる為に使うべき力であり、それを他人を支配するために使ったことから人間は狂ったのかもしれません。そして、このまま行けば、人間は自滅することになるでしょう。使い方を間違えば反対の世界になる。その間違いにはなく気づかないと人間は滅びることになるのです。
人間が死を選択するという行為そのものがそれを示しているのです。生き物で自死を図るのは人間だけ。もはやそれは生き物とは言えるレベルではないのです。畜生以下のレベルにまで落ちたという事です。洋服を着ているからそう見えないだけのことです。
死ななくても自分の中で過去を抹消し、学びを止めれば全ては自由になります。仕事を辞める、学校を止める、誰も知らないところでリスタートするなど、やれることは沢山あるでしょう。
大抵の人は、自分の命は自分のモノだからって思っていることでしょう。しかし、仮に今はそうでも、未知なる未来には、何の価値もないと思う自分を待っている人が居るのです。
それは人が皆違うという人間の原理原則があるからです。だから、先ずは、自分という人間が世界に一人しか居ないとても貴重で稀有な存在であることを自覚しましょう。
みんな一緒という学校で教えられた嘘を知ることです。世界に一人しか居ない自分だから、それを待っている世界に一人しか居ない誰かが存在するのです。
とても凄い事だと思います。それを知るためには、せめて60年は生きてください。とても長く感じられるかもしれませんが、過ぎてしまえばあっという間です。
そして、その中で色んな奇跡の出会いを通して、生きていることに喜びを感じる人間になって欲しいと思います。人間生まれて来て良かったと思える人生にして欲しいと思います。
まあ、それほど人間という生き物は凄いのですから、そう思えないのはおかしいのです。