尼崎で在宅医療をされている長尾和宏先生が朝日新聞の医療サイトであるアピタルで連載をされています。


先日このような記事を拝見しました。


《1904》 医療用麻薬を拒否する患者が急増


幸いなことに、私の周囲では拒否される患者さんはほとんど見かけていません。


元々一定数、いくらお伝えしても医療用麻薬を好まない方はいます。


そのような方にも、正当な情報を繰り返し伝えることと、時には情報を提供して待つことも重要です。



さて、気になったのは次の部分です。


「腰部脊柱管狭窄症や骨粗しょう症のような『がんではない痛み』に
使える麻薬はなんでしょうか。

たとえば塩酸モルヒネ錠です。
10mg錠1錠を飲むだけで、苦しんでいた痛みが嘘のように消える人もいます。

しかしこの1週間、外来や在宅で、がん以外の病気の痛みで苦しんでいる人に
モルヒネ錠の頓服を提案しただけで、烈火のごとく怒ったひともおられました」


とあります。


もちろん他のアセトアミノフェンや非ステロイド性の鎮痛薬が無効で、ということが前提だと思います。


この患者さんは「がん以外の病気の痛みで苦しんでいる人」とありますので、”非がんの慢性疼痛”の患者さんになります。


このブログでも、がんの痛みの場合と、がんではない慢性の痛みの場合では、対処法がやや異なることを何度かお伝えしてきました。下記のリンク先の記事などでです。


モルヒネはがん以外にも使われるが、慎重に判断されなければならない 非がんオピオイド使用の注意点


日本で、がんの痛みに対して医療用麻薬を使用する場合に参照されるガイドラインとして『がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン』(日本緩和医療学会編)があるように、


がんではない患者さんの慢性の痛みに対して医療用麻薬を使用する場合に参照されるガイドラインとして

『非がん性慢性“疼”痛に対するオピオイド鎮痛薬処方ガイドライン』があります。こちらは日本ペインクリニック学会が出しています。





以前の記事で、同ガイドラインより引用して


◯ 本邦での非がん性慢性[疼]痛へのオピオイド治療においては、がん性[疼]痛とは全く異なる理念に基づくことを認識しなければならない。 p11


◯ 突出痛へのレスキュー薬(頓用薬)の使用の非推奨 p13


◯ 非がんの慢性疼痛には、”オピオイド鎮痛薬の速放製剤の投与は推奨されない”、その理由は”血中濃度の急激な上昇は依存を形成しやすく、オピオイド速放剤は乱用に好まれやすいオピオイドであるためである”(p39-40)


などの、がんによる痛みの場合と異なる点を紹介してきました。


定時薬で最初から処方するのが推奨され、その一方で、痛い時に飲む頓服・頓用(あるいは痛い時だけに飲んでねというやり方)は非推奨になります(→その理由はこちらの記事でも書きました)。


厚生労働省が出している『医療用麻薬適正使用ガイダンス~がん疼痛治療における医療用麻薬の使用と管理のガイダンス~』にも「医療用麻薬による慢性疼痛の治療方針(PDFファイルです)」があり、


「徐放性製剤の定期投与を基本とする。疼痛時の速放性製剤使用の有効性は確立しておらず、乱用・依存の発生リスクとなる可能性もあるので、使用に際しては危険性と利点のバランスを注意深く評価する」

「モルヒネ:4~6時間ごとの定期投与を行う」


と記載があります。


医療用麻薬を始めるのならば、定時投与が適しています。



そして患者さんとの対話録(前掲記事から引用)


「長尾先生、ワシを殺す気か!?」
「そんなめっそうもない。決してそんな危険な薬ではありません」
「モルヒネ中毒にしてワシを殺すつもりやろ」
「なんてことを。そんなはずない」
「そやかて、テレビであれだけ危険や危険や言ってるやないか! 先生は医者やなのに、そんなことも知らんのかいな?」
「すみません。でもこのモルヒネ錠だけは試しに飲んでください」
「飲まん。ワシはそんな危険な薬は絶対に飲まん!」
「ですから、危険ではありません」
「もうごちゃごちゃ言わずに、この痛みを取る薬を早く出してくれ!」
「……」


とありますが、日本では(この記事ではアメリカも?)痛みがあるがんの患者さんでも医療用麻薬を嫌がる方がいるので、がんではない患者さんが驚かれるのもこの場合は無理がないと思います。


まずがんではない慢性の痛みの治療の目標は、前掲の適正使用ガイダンスにも


○ 他に有効な治療手段・薬物がなく、オピオイド鎮痛薬の効果が副作用に勝ると思われる場合に考慮する。

○ 考慮から開始までに、病状や治療目標の理解度、通院や服薬遵守が可能か、アルコールや薬物依存の既往の有無などを確認 する。

とあります。


上の患者さんの場合は、まず慢性痛であり、がんと異なって治療目標は疼痛をゼロにすることではなく、障害されている生活の改善を目指すことであるのを共有しなければなりませんが、

「もうごちゃごちゃ言わずに、この痛みを取る薬を早く出してくれ!」

とあるように、薬剤次第で痛みをすぐかつかなり取れるという誤解があるようです。


そのため、現実的な目標設定の話から始めることが必要そうです。


薬剤治療を行って、生活に支障がないように軽減させることがまず第一の目標であり、そのために薬剤を慎重に調整してゆくことが、がんではない◯◯さんの痛みの場合の基本方針であると、わかる言葉で十分共有することだと思います。


またこれだけモルヒネに対して思い(込み)がある場合には、非がんの慢性疼痛ですから、やはり十分理解して頂いて治療を開始するという原則からすると、少なくとも今の段階ではこの患者さんは医療用麻薬に対してほとんど正当な情報を持っていらっしゃいませんから、お試しででも処方するのはあまりふさわしくない事例なのではないかと考えられます(もちろん先生は患者さんのことを何とかして良くしてあげたいという意図からだと思いますが)。


このような事例でも、都度、医療用麻薬の正確な情報をお伝えすることが重要ですが、嫌だと言っているものを無理に勧めるのも、逆にストレスや負担になる場合もあるのが難しいところです。


直接診察しないとなんとも言えませんが、概略だけを読んだ限りでは、例え開始したとしても自己判断中止になりそうな事例でもありますし、医療用麻薬を強く勧めて医師の意図が誤解されるよりも、それ以外の鎮痛薬で痛みの少しでもの軽減を目指すのが良いだろう、それが総合的には患者さんのためにもなりそうな事例かと読めました。



以上見てきましたように、がんの痛みの治療と、非がんの痛みの治療では、似て非なるところがありますので、注意が必要です。


医療用麻薬を適正に使ってほしい、というのは事実で、多くの方がそれを仰って下さり、私もまさしく同感なのですが、かと言って、「適切な方に」「適切な方法で」という原則は踏み越えてはならず、その「適切な方」「適切な方法」ががん以外の慢性の痛みに関してはがんの場合とは異なるということが、残念ながらまだよくは知られていないという状況があると思います。



本当にたったひとつのことでも過不足なく伝えるというのは大変なことです。


一連の記事をお読みくださった一般の皆さんはきっとおわかり頂けたと思いますが、ホスピス・緩和ケア病棟や緩和ケアチームの緩和医療医や、がん治療医、慢性疼痛の治療にあたる医師は、これらの数多くある注意点を総合的に考えて、治療を提案しています。


自分が治療を受ける立場の場合は、専門家に聴くことがゆえに一番重要であり、また信頼できる情報が手に入る確率が高いです。納得のいく説明が得られたのならば、実行する価値がありますし、妥当性がわからないものならば、わかるまで質問することが重要です。


そのことを気に留めておかれると、適切な治療にたどり着ける可能性が高くなると思います。


一人でも多くの方が苦痛なく過ごせることを心から願っています。