近藤誠さんの、がんは「がんもどき」と「本物のがん」だから放置で良いという「がん放置療法」の弱点 | 大津秀一 オフィシャルブログ 「医療の一隅と、人の生を照らす」 Powered by Ameba

近藤誠さんの、がんは「がんもどき」と「本物のがん」だから放置で良いという「がん放置療法」の弱点

(主に一般の方向けの記事です)



皆さん、こんにちは。大津です。

今日は長めの内容であることをご容赦ください。

簡単なポイントだけお知りになりたい方は一番最後の追伸をご覧ください。また長い文がちょっとつらいという方もそちらをご覧になって頂ければ良いと思います。追伸はこのページの一番下からスクロールしたほうが早く見つけられます。

また、もっと簡単なまとめも付けましたので、追伸も長い! という方は最後から2文目をご覧になって頂ければと存じます。



先日、ある病院さんの市民公開講座で講演をさせて頂いた時に、熟年の女性から「私たちの間では近藤誠さんの話(『がんもどき』と『がん放置療法』など)が話題になっています。先生はどう思われますか?」とご質問を頂戴しました。


数年前から、識者の方々からは、「近藤誠さんの理論は正しいのだよね?」と聞かれることは度々ありました。一般の方でも特に本を多く読まれている方から質問されることが多かったです。


そのため、2010年にも一度ブログで記事を書かせて頂きました。
↓↓
がんもどき理論の爪あと


しかしその後、近藤誠さんの本が爆発的に刷られたことで、またテレビなど力あるメディアに出られたことで一般の方も近藤さんの理論のことを仰られる機会が増えました。


そのような背景もあったため、昨年『医者に殺されない47の心得』というすごいタイトルの本が出版社によってたくさん刷られたのを一つの契機として、読者さんや困惑されている方、迷われている方に届いてほしいと、連載を持たせて頂いているヨミドクターで3回にわたって取り上げさせて頂きました。


「がん放置」は本当に楽なのか?


近藤誠さんの「がん放置療法」でいいのか?


「近藤誠さんの本」の危険性とそこから学ぶこと


ただやはり、あまりインターネットを閲覧されない方々、熟年以上の方を中心に、ヨミドクターの連載で私が述べたことばかりではなく、(書籍でも)様々に為されている異論や反論をご存じない方が多いことを感じています。その一方で、近藤さんの話は伝聞で広がっています。


今回ヨミドクターで再度、現状のものは世界的にも近藤さんしか唱えていない摩訶不思議な理論がなぜ広まるのか、それを考察し、またどうすればその誤りに影響されずに、適切に医療を受けることができるのかについて記そうと思い、現在ヨミドクターで連載を開始しました。
↓↓
近藤誠さんが流行る深層(第1回)


数回続く予定(木曜更新)ですので、どうぞよろしくお願いいたします。


今回は「深層」を探ってみようというものであり、「がんもどき」や「がん放置療法」自体への記載が多くはありません。それを補完するために、こちらのブログでそれを取り上げた次第です。



さて、近藤誠さんの「がん放置療法」の根拠となっているのは、がんが「がんもどき」と「本物のがん」という近藤さん独自の分類です。



そのうち、「がんもどき」は放置しても死に至らないもの(あるいは様子をみても大丈夫、というような説明もされています)、「本物のがん」はたとえ取りきれると手術をしてもすでに他の場所に転移しているために治療しても無意味であるとの説明が為されています。


本年1月にも週刊文春でこう語られています。
↓↓
http://shukan.bunshun.jp/articles/-/3497?page=2


(2014年11月12日現在リンク確認)


(以下引用)


検診などで早期にがんが見つかった時、そのがんが『転移するがん幹細胞によるもの』ならば、いくら早期でもそれ以前の段階で転移は起きていますから、手術で根治する事は不可能です。逆に、『転移する能力がないがん幹細胞によるもの』ならば、放っておいても『おでき』のようなもの、即ち私が『がんもどき』と呼んでいるものなので、慌てて手術や抗がん剤治療を受ける事はない。つまり、患者さんは自らのがんが『がんか、がんもどきか』を気にせずに、ゆっくり様子をみていくというのが結論です。


(以上引用)



つまり、いずれにせよ治療しても変わらないから、すぐに治療する必要はないという理論です。


また”がんが『がんか、がんもどきか』を気にせずに”と書いてありますように、どうやらこの2つだけのように読者を導いています。


これらは本当でしょうか?


結論から言えば、誤りです。


近藤さん自身がよく主張の根拠として取り上げるくじびき比較試験の、さらにそれをいくつか統合して分析した、もっとも科学的根拠が強い研究の一つから考えましょう。


ずばり日本語訳もされています。


下記のページ(の下のほう)をご覧ください。


http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/14651858.CD001216.pub2/abstract


(以下引用)


4件の適格なランダム化比較試験の結果を統合したところ、FOBTの検診に割り付けられた参加者では、大腸癌死亡率の相対リスクに16%の統計学的に有意な低下が認められた(RR 0.84、CI: 0.78~0.90)。


(以上引用)


大腸がん検診の4つ行われたくじびき比較試験を総合的に分析すると、大腸がん死亡率が16%低下しているのです。


これはどういうことでしょうか?


検診を受けた側が、受けなかった側よりも大腸がん死亡率が下がったという結果ですね。



そう、放置すると死に至る大腸がんを取り除いたから、検診を受けている側の大腸がん死亡率が下がったと考えられます。


近藤さんの言うように、がんが「がんもどき」と「本物のがん」しかないのならば、片方の群に検診を行って早期がんを発見して取り除いても、死亡率は一切下がらないはずです。


もし大腸がんが「がんもどき」と「本物のがん」だけだったらどうでしょうか? 


近藤さんの言う「がんもどき」は、命に関わらないので、手術をしてもしなくても変わらない、少なくとも症状が出るまでは放置で良いというものです。だから(検診を行って)それを取り除けた群と(検診を行わずに、発見されないので)それを取り除けなかった群を比べても、前者はどうせ命に関わらないものを取り除いているのですから(そして後者は放置しても命に関わらないので)、死亡率に差が出ないはずです。


また近藤さんの言う「本物のがん」は、手術をしてもしなくても亡くなるので、早期発見しても意味はないでしょう。(検診を行って、手術を行って)取り除けた群と(検診を行わずに、発見されないので)取り除けなかった群も、取り除いても取り除かなくても同じように亡くなるわけですから、死亡率に差が出ないはずです。


そう、皆さんもおわかりになられたと存じますが、もし大腸がんに「がんもどき」と「(本物の)がん」しかなければ、検診を行った群と検診を行わなかった群とでは大腸がん死亡率に一切差が出ないということになります。


しかし実際の結果には差が出たのです。非常に大きな差はなくても、2つの群にわけて10年以上にわたって行われた複数のくじびき試験(の総合的解析)で、16%という差が出たということは重要なポイントだと思います。


もし『がんが「がんもどき」と「本物のがん」しかない』のが本当だったら、何回もの(国もそれぞれ違う)大規模なくじびき試験の総合的な結果で、検診を行った群と行わなかった群の2群に差がつくはずはないでしょう。


ではなぜ差がついたか。そう、すでに皆さんがご存知のように、がんが「がんもどき」と「本物のがん」の2種類ではないからです。


ヨミドクターの連載で示したように

近藤誠さんの「がん放置療法」でいいのか?


がんには


〈1〉治療しても治せないがん
〈2〉治療によって治せるが、治療しないと進行して死に至るがん
〈3〉ゆっくり進行するため他の病気による寿命が先に来るがん
〈4〉進行しないか消えるがん

があると考えられますが、近藤さんの説である「がんもどき」理論では〈1〉を「本物のがん」、〈4〉(あるいは〈3〉も?)を「がんもどき」としているようですが、現実の世界には存在する〈2〉を認めていないところに特徴があります。


しかし実際は

〈2〉治療によって治せるが、治療しないと進行して死に至るがん

があるため、偏りを取り除いた2群の「検診を受けた群」と「検診受けない群」で比較すると、早期発見で〈2〉のがんを取り除いた「検診を受けた群」のほうが死亡率が低かったのです。


すなわち〈2〉を意図的に除いている近藤さんの分類は、誤りであり、抗がん剤で完治しない多くの固形がん(血液のがんではないがん)全体にそれが及ぶという主張は少なくとも正しくないことがここからよくわかります。


逆に言うと、近藤さんはご自身の理論が成立しなくなってしまうので、検診を無効だと主張するとここから理解できます。近藤さんは私よりはるかに賢い方ですから、くじびき試験の複数を解析したもので「検診を行った群と行わなかった群」で差がつくと、がんもどき理論が揺らぐのでよろしくないことにもちろん気がついておられます。検診で差が出ると、がんもどき理論まで傷つきますから良くないのです。だから検診を叩きたいはずです……し(後述するように)やはり叩いています。


「がんもどき」と「本物のがん」の2つ、という主張を揺るがすのは、実は近藤さん自身が主張の根拠として度々出される「くじびき比較試験」の、しかも複数、かつ統合的な結果でも「検診で意味のある死亡率低下があった」と示しているものですから、かなり分が悪いです。


いずれにせよランダム化比較試験の複数の分析(メタアナリシスと呼びます)で検診にて、検診群と対照群で有意差が出れば、がんは「がんもどき」と「本物のがん」であるという「がんもどき理論」と、そこから生まれた「がん放置療法」は否定的になってしまいます。

だから近藤さんにとってはがん検診が目の上のたんこぶなのではないでしょうか、下の文章でも(もちろん近藤さんの確認を経ているだろう文章で)こう主張されています。
↓↓
近藤誠「“がんもどき理論”は絶対正しい。長尾先生、対談で決着を!」
【全文公開】



(2014年11月12日現在リンク確認)

(以下引用)

近藤氏の主張を要約すると、次の3点になる。

(1)がん検診は有効ではない。

(2)がん治療のツールとして、手術や抗がん剤は無意味である。

(3)がんに早期発見・早期治療のメリットはない。

(以上引用)


はたして近藤さんは大腸がん検診の複数のくじびき試験の結果をどう捉えているのでしょうか。もちろん可能性として、大腸にそのような結果があることを知っているけれども、大枠で上記の(1)~(3)ですと主張している可能性があります。しかしそれだと一般の方は「全部のがん」に(1)~(3)が当てはまるときっと捉えてしまうでしょう。医師として、命に関わることだけに、慎重な表現が求められています。これで良いのでしょうか。


さらには

『欧米では肺がん、大腸がん、乳がんのくじ引き試験が多数行われ、「検診をしてもしなくても、死亡率は同じ」と実証されています』(『医者に殺されない47の心得』p53。色文字ブログ主)

と書かれています。近藤さん……。


【→この一節は余談なので、奥深くまで気になる方以外は読み飛ばしてください。なお実はここにも非常に優れたテクニックが隠されています。「死亡率」は「総死亡率」のことを言っているんだ、と言い抜けられる可能性があるのです。一般の皆さんはなんのこっちゃと思われるかもしれませんが、高齢化の影響で下がらないがん死亡率を用いて、絶対にご存知のがんの年齢調整死亡率を出さないことと似たような技術が使われています。人はたくさんの理由で亡くなりますから、大腸がんの検診を行って大腸がん死亡率は減っても、総死亡率は通例ほとんど下がりません。いくら大腸がんが年間47654人(平成25年)亡くなるとはいえ、全死亡の1268436人(同)の中では3.76%しか占めておらず、たった一つのがんの検診が総死亡率(それこそ交通事故死や自殺、老衰、肺炎、心筋梗塞など全部入ったものです)を統計的に意味のある差がつくほど減らすことは難しいのです。もちろん「大腸がんの手術のリスクで死亡率が上がるから、総死亡率を下げないと」と仰られるのでしょうが、大腸がん死とその関連死は全体から見ればごく少ない位置を占めているのに過ぎないのに、全体の死亡率まで下がらないといけないというのは無理難題すぎると思います。ここらへんの話題は岩田健太郎先生の『絶対に、医者に殺されない47の心得』p164-167に詳しいです。興味のある方はそちらをご覧になって頂ければと思います】


いずれにせよこのように、まず強く信じる理論ありきで、主張が出て来ているものと推測されます。しかし理論から出てくる主張だから、実際の大腸がん検診におけるくじびき試験の結果と矛盾してしまうのです。あるいは現場で先入観なく見ているとわかること(<患者さんが放置を希望するなどの理由で例外的に>内視鏡にて胃がんや大腸がんを経過観察のみしていると、内視鏡的にも早期がんが進行がんに変化することが確認されること)と乖離してしまうのです。


しかしこれはあくまで予想なのですが、微修正が巧みな近藤さんですから、大腸がんは例外的に「がんもどき」と「本物のがん」以外のがんがあるが、他の固形がんにはやっぱり「がんもどき」と「本物のがん」の2つしかない、などと今後お立場を変えてくる可能性があるのではないかとも推測されます。


けれども〈2〉が様々ながんで存在することは指摘されていることであり、少なくとも一般の方を惑わせるような、”がんが『がんか、がんもどきか』を気にせずに”とその2つしかないような表現は良くないのではないかと思います。



最近、「私が受けた手術は正しかったのでしょうか?」と早期がんから完治した方から質問を受けました。


近藤さんの理論は、すぐに手術を受けて良かったであろう方にまで無用な迷いを与えてしまいます。


実際、

『よく「がんが見つかったけど早期だったから、手術できれいに取ってもらえた。おかげで5年たった今も、再発せずに元気でいる。私はラッキー」と言う人がいますが、実は無駄な手術で損をしたんです』(『医者に殺されない47の心得』p53。色文字ブログ主)

とまで書いておられます。無駄……と言われても、「治療によって治せるが、治療しないと進行して死に至るがん」があるわけですからね。近藤さん……それではタロットカードの13番では。


もちろん早期がんの場合は「治療によって治せるが、治療しないと進行して死に至るがん」の可能性があるので手術をしているのですから、どうかすでに治療を終えて完治された方は悩まないで頂きたいと思います。


基本的には「もう自分は寿命」「がんで亡くなるのを希望する」「医者も薬もどうしても信用できない」という方が、背中を押してもらえるという仮の理論(信条?)であって、「まだ生きたい」「未成年の子など、まだ生きて守らねばならない存在がある」という方には向いているとは言い難い理論です。また理論としては、上記のように「穴」があり、しばしば理論ではなくて仮説というような表現で専門家からは呼ばれていますが、記してきたように仮説としても弱いのが実情でしょう。


多くの冷静な方に、このような情報がもっと伝わってもらえれば、そして治療を受けたことに本来後悔しなくて良い方が悩まれることが減れば、有り難いと思います。


それでは皆さん、また。
いつもお読みくださりありがとうございます。
失礼します。



追伸 分量が多めになってしまいました。

ポイントだけできるだけ簡単に述べます。


近藤さんのがんもどき理論は、放置していても死には至らない「がんもどき」と、発見された時には既に転移していてたとえ手術をしたとしても死に至る「本物のがん」の2つがあるというものです。だから放置で良い(がん放置療法)というものです。

もしがんがその2種類ならば、比較調査のために2群(検診を行う群とそうではない群)に分けても、2つの群には差が出ないはずです。

なぜならば、両群で同じ程度存在すると思われる「がんもどき」は(検診群では早期発見して治療になるため)取り除いても、(検診非施行群では見つからないので)取り除かなくても、死亡率は変わらないからです。

また両群で同じ程度存在すると思われる「本物のがん」は(検診群では発見して治療になるため)取り除いても、(検診非施行群では見つからないので)取り除かなくても、既に転移していてその後亡くなるため、死亡率は変わらないからです。

しかし現実世界で、大腸がん検診で比較試験を行ったところ、検診を行った群とそうではない群で差がついてしまいました。

検診を行った群のほうが、大腸がん死亡率が減ったのです。

それもくじびき試験という科学的根拠が強い試験が複数回行われ、それを総合した結果でそれが示されました。

なぜその結果になったかというと、検診を行ったために「放置しておくと死に至るがん」を発見して、取り除くことができたためでありましょう。

いずれにせよ、検診で死亡率に差が出たことから、がんが「がんもどき」と「本物のがん」の2つではない、すなわちがんもどき理論は不完全と示され、放置していても死亡率に変化がないとの考えから出てきたがん放置療法も「放置しておくと死に至るがん」があるために、万全のものではないと示されました。


まとめるとこのようになると思います。


もっと簡単に、ですか?


わかりました。


まとめ

がんもどき理論とがん放置療法はちょっとあやしい理論です。大腸がん検診を行う群とそうでない群の2つに最初に分けて、10年以上観察を行った複数の調査で、検診を受けたほうが死亡率が減ったので、それがわかりました。まだ生きたい人はこの理論と療法は信じないほうが良いでしょう。


以上です。よろしくお願いします。