皆さん、こんにちは。大津です。

皆さんは「がんもどき理論」というものをご存知でしょうか。

近藤誠医師が『患者よ、がんと闘うな』などで唱えた、がんには本物のがんと「がんもどき」があり、本物のがんは何をしても助からず、一方で「がんもどき」は転移しないので治療する必要がない、だから検診の早期発見は無意味(「がんもどき」を見つけているだけだから)という説です。

実際には僕が見ている限りにおいても、早期発見されたがんを放置した方が進行がんに移行したり、胃異型上皮という腺腫から進行がんになったりということもあるわけですから、これは瑕疵のない理論ではありません。臨床をしていれば、容易に「ほんとかなあ」と疑いを持つ理論です。実際、何人ものお医者さんが反論をしています。『「がんもどき理論」の誤り』(斉藤建著)や『病気になった人、ならなかった人の気になる寿命』(高田明和著)などがあります。惜しむらくは、近藤医師の本のほうがはるかに売れて知名度が高いということです。

『患者よ、がんと闘うな』は1996年に発売されています。ベストセラーになりました。一部正しいことも書いてあります。これまでのがん医療に対する違和感を持っていた一般の方に、そこらへんが支持されたのだと思います。

僕の印象では、男性で読書家でよく勉強されている方に、この論を信ずる方が多いと感じています。それにしても驚いたのは、僕も本を出版してから、「先生は、がんもどき理論をご存知ですか?」と複数人以上の方からメッセージを頂いたことです。この理論を前提に、僕の本の記載が間違っていると手紙を頂いたこともあります。それまで僕はこの理論を知りませんでした。なので、一般の方にこれまで知れ渡っている「がんもどき」理論に驚いたのです。

そして今日、副島隆彦氏の新版『日本の秘密』を見ていて、驚きました。
以下引用です。

ついに日本でも、『患者よ、がんと闘うな』(文藝春秋、一九九六刊)の近藤誠医師が、癌医療の現場から整然とした内部告発を行った。(二〇一〇の新しい註:遂に最後まで近藤医師を慶応大学放射線科の助手の身分のままに放置して、日本の医学界は彼を憎み続けた)近藤医師は、現在のガン医療の欺瞞に対して三つの点を指摘している。(1)効きもしない抗ガン剤開発と、(2)意味のないガン早期発見検査運動と、(3)患者の苦痛だけが大きいのに、末期老人にまで手術したがる医者たちの商売としての医道の内幕、この三つを見事に暴いた。(略)医師たちの団体は、自分たちの壮大な組織的悪事が露見することに心底おびえて、危機感をつのらせて、近藤いじめに奔走しているが、国民は既に事実に気づいてしまった。

以上です。
副島氏の本は、いつも興味深いもののみかたを提供してくれるので、個人的には好きです。けれども、やはり現場からみると、この記載は正しくないんじゃないかな・・と思うのです。副島氏のように影響力がある方が、近藤医師の理論に大きく影響されて、上のような文章を書いてしまうと、一般の方が変な影響を受けないか心配です。

上の引用文章には気になるところ(つまり正しくないんじゃないかな・・と思うところ)が全体的にありますが、僕が特に気になったのは、「(3)患者の苦痛だけが大きいのに、末期老人にまで手術したがる医者たちの商売としての医道の内幕」という部分です。確かに、終末期医療や緩和医療に対する理解が少ないため、終末期に手術をしようとしてしまう医者は存在します。けれども、それはほとんどの場合、「商売」からではないのです。彼らは手術で、がんによる腸の閉塞などが改善され、患者さんがもう一度食べられるようになることを企図して手術します。けして悪気があるわけではないですし、商売っけがあるからではないのです。

もちろん、患者さんの病気の進み具合をきちんと判断し、患者さんやご家族に、「おそらくこの状況では手術をしても状態改善がないだろう」ことを伝える責務が医師にはあります。ですので、まだまだ至らぬ部分もたくさんあると思います。

ただ繰り返しになりますが、医者たちは商売のために、あるいは金儲けのために、終末期の患者さんに手術をしたり、望まぬ延命治療を行っているわけではないのです。それが正しいと思っているので、そうしてしまうのです。実際それで診療報酬が増えたとしても、現場の医師には一切それは報奨として与えられることはありません。経営陣から、適応が本来ないものまで手術をしろ、あるいは延命的処置をして収益を上げろという指示が出ているわけでもありません(少なくとも僕の知る限りにおいては)。診療報酬を増やせ、という指示は出ているかもしれませんが、適応外の侵襲的行為(医学用語で体に主に外科的な負担がある治療行為のこと)までして増やせ、という病院はまともな病院ならないと思います。

知らないだけ、なのです。手術に頼らなくても、食べられるようになる方法はあります。僕の専門の緩和医療がよく効けば、腸が閉塞していても解除され、食べられるようになることもあります。拙著『世界イチ簡単な緩和医療の本』にもやり方を書いています。これからこういう方法をどんどん広めていかなければいけないと思っています。

現場にはまだまだ熱意があり一生懸命な医師がたくさんいます。あまり正しくない理論を書いた本がたくさん売れ、一般の方が大きく誤解し、医療者との間隙が広がってしまうことは悲しいことです。医師もこれまで以上に正しい医療知識を発信していかなければいけないですし(けれどもそういう本こそあまり売れないのです。極論の怪しい医療本こそベストセラーになってしまう。頭が痛い問題です)、一般の方も医師の善意をわかって頂きたいと思うのです。もちろん医師の側も問題を放置していてはいけないでしょう。患者さんやご家族の思いに出来るだけ沿えるように、考えてゆくべきでしょう。

昨日講義をしたときに、聴講されていた方が質問で、抗がん剤治療や延命治療等について「私たち患者の側も、希望を伝えたほうが良いんですよね?」と仰っていました。まさにその通りです。治らない病気の場合、絶対的正解はありません。忌憚なく、患者さんやご家族が希望を告げられ、医療者はそれに理解を示して方針に反映出来ること、それが可能になればもっと医療現場は変わってゆくことでしょう。双方のコミュニケーションを改善すること、これが大事だと思うのです。

いつも読んでくださってありがとうございます。
今日は1100PVまで上昇しました。嬉しいことです。
また明日から一週間頑張っていきましょう。
それでは失礼します。

追伸 皆さん、色々なメッセージありがとうございました。