よりどころ | セセデブログ

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 アンニョンハシムニカ?

 崔です。今日もよろしくお願いいたします。

 

 伊藤詩織さんが民事訴訟で勝訴されましたね。でも、その過程でたくさんの苦痛を強いられてきたのも読み、憤りを感じています。なぜいつもとてつもない被害を受けている当事者が、もっと傷を負いながら苦しみながら“頑張ら”ないと、何も変わらないんでしょうか。本当に悔しいし、おかしいと思います。

 

 最近、とある地域の朝青の送年会と総聯分会の送年会に、縁があって参加させていただきました。

 初参加でも温かく迎えてくださり、本当に同胞たちの「よりどころ」だなと思いました。

 鍋を囲みながら、知人や来られなかった同胞たちのことを心配したり、お互いを労ったり、誰かに子どもが生まれたと聞けばみんなで喜び、朝大を卒業した同胞選手の活躍に、「誰々の息子だ」と言って感慨深げに拍手を送ったり……。話の端々には、祖国の地酒や平壌に最近できた養殖場のお話もありました。

 全哲先生のまんが『イプニ』を読み返した時に感じるあの同胞社会の温かみは、当時だけのものではなくて今の時代にもしっかり残っているんだなと実感しました。

 

 それと同時に、送年会の前に聞いた(後々『セセデ』にも登場してくださいますが)ある同胞の生い立ち、在日同胞の苦難の歴史に思いをはせるような一日でもありました。

 まだ祖国が解放されていなかった時代、同胞たちは身を寄せ合って差別や逃げることのできない貧困にあえいでいました。空襲が来たら朝鮮人は防空壕からはじき出され、多くが犠牲になりました。強制労働のあまりの理不尽さを訴えると殴り殺され、その息を引き取る瞬間をお見舞いに行った親戚の子どもが目の当たりにするという辛すぎる状況、学校に通えず子どもながらに屑拾いや靴磨きをして家族の生計を支え、薄暗い部屋でウリマルを習う幼少期。やっと通えた学校にも憲兵が押し寄せ、尊敬する先生が逮捕され、勉強に集中する暇もなく学校を守るために闘った学生時代……。

 

 朝鮮人の尊厳を守り、家族を守り、命すら守ることがままならなかった中でも、歯を食いしばって、血と涙を流して生きてきた先代たちがいたからこそ、今のウリハッキョがあり、総聯組織があり、自分がいる――。何度も耳にし、知ったつもりでいましたが、何度考えても奇跡だとしか思えません。

 

 その日、一人暮らしの自分のために残った材料を譲ってくださって、若いうちにたくさん栄養取りなさいねとたくさん鍋をよそってくださって、すごくありがたい気持ちと同時に、それに見合うだけ頑張ってこられていない申し訳なさを感じていました。

 帰り道、両手いっぱいに同胞たちの愛を携えながら、自責の念で終わらせず、次の一歩に変えよう、期待に応えようと何度も何度も言い聞かせました。

 

 今年も本当にコマプスムニダ!

 来年もよろしくお願いいたします!