入院中、歩行困難で浴室に入るときに転倒の危険があり、入浴出来るのは週2~3回
介護入浴の日に当日担当の看護士さんに時間の予約をしていないと入れない。
 
 シャンプーや背中を洗う際左手がこわばり力が入ら無かったので大変で、看護士さんに頼んでやってもらっていた。一時帰宅が許可された時、洗髪ブラシとボディブラシを持ってきて自分で洗えるようになった。 

 入浴前、時に若い女性の看護師さんの前ですっぽんぽんになる時に勃起してしまう事があった。
湯上り後、タオルでからだを拭いて下着やパジャマの着替えが大変で手伝ってもらう

  身体障害や怪我や手術後で入院し自分で排尿出来ない患者にとって、夜間ナースコールを呼んで起き上がり車椅子に乗ってトイレに行くことも大変なので、尿瓶に排尿することも多かった。

 入院中、外部への連絡は制限され、病棟入口にある公衆電話か携帯電話を預けて使うしかなくIPhone,IPadやPCは持ち込めずインターネットも出来ない。部屋のテレビはカード式でお金もかかるし9時消灯と早い。夜勤の看護士さんが見回りにくる。

一階のコンビニへの買物も、自分ではいけなかったので病院の食事以外、間食が減りダイエットには良かったのであるが。
 生活保護の家賃扶助が半年経過で半額に減額され、住んでいた公団住宅はリフォーム賃貸住宅の為、2年契約更新後は2倍になる為支払不能になる、退院時に契約切れになる為、退去せざるをえない。生活保護で契約時の費用、敷金、礼金等は支給されると言う事で引っ越すことにした。

 団地から病院へバスと電車の乗換えも多くで1時間以上かかる為、通院の便を考え病院の近くの街に転居する事も考えたが、市役所の職員が部屋探しに同行するという事で駅前の不動産屋で民間の駅まで徒歩7分という1階の1Kの部屋を紹介され下見に行きあっさり決まった。

 歩行困難のリハビリで入院していたので公団住宅の自室は半年以上放置状態になっていた。転倒の危険から車で同行が無いと一人での外出許可が出ない。社協の相談員さんと状況を確認に行くことになった。

 預金通帳や公団住宅の契約書、印鑑と共に病院へ持ち帰りたいものはたくさんあった。入浴時に洗髪ブラシやボディブラシを使えるようになり便利になった。転院時はまだ寒く、入院時は夏で当初半袖の服しかなく、部屋探しで外出時の長袖の服や靴を市役所の職員から運んで来てもらったが、当時太っていた頃の服でブカブカで困っっていた。

 団地は広く1LDKから1Kの部屋に引越しの為には荷物を減らし処分が必要でした。引越の準備がオフの時間が長くはかどらない。ゴミも分別して捨てなくてはいけない。粗大ごみの処分に困りリサイクルショップに下見を頼み査定。ステレオを処分した。

 SoftBankのIPhone4の2年契約切れで使えない。病院ケースワーカーさんの同行で近くの量販店でauのiphone5を買う事で連絡が可能になった。友人の協力を頼み何とか終了できました。
 国立精神神経センターでリハビリ科で転院の受入れが決まり、最後の一ヶ月はリハビリ病棟に移動することになった。隣のベッ ドは手術後のリハビリで頑張っている患者さんで奥様が毎日身の回りの世話に来ていてコンビニで新聞や食物を買って来てくれた。優しさがうれしかった。

 夜間 以外拘束が無くなり、トイレも歩いて行けるようになった。これまで介助入浴でシャワーだけだったが浴槽に入れた。

  国立精神神経センターに転院する為、市役所の職員が介護タクシーで迎えに来て車椅子で移動。リハビリ科でLSVTLoud,Big担当した信頼おける若いスタッフと再会し、暖かく迎えてくれた。1ヶ月の予定で集中リハビリを開始した。

 退院時には足の固縮、徑性斜頸の首肩の痛みこわばり足のむくみはかなり改善していた。薬が効いてオンの状態であれば普通に問題なく歩けるまで回復した。

  入院半年経過で生活保護の家賃扶助が減額され、買い物等クレジットカード決済が不可になり、公団住宅も家賃が滞納で退去せざるをえなくなった。退院後、駅 の近くのアパートに引越す為に、不用品を大量に処分が必要。準備がオフの時間が長く友人の協力を頼み何とか終了できました。

 薬の調整で 自宅に保管していた薬を勝手に飲んで精神症状を起こさないように、全部取り上げられでリセットされた。アゴニストがパローデルだけに減りオフが長くなって 辛い。

 予備の薬が無いのでオフのときは動かないようにしないと歩行困難で帰宅できなくなる。主治医が村田美穂先生に戻ることになり、今後1年かけてオフの 時間が減るよう薬を増量していく事になる。