博士たちはその星を見て喜びに溢れた。家に入ってみると、幼子が母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。(マタイによる福音書2章10-11節)

イエスがベタニアで、規定の病を患っているシモンの家にいて、食事の席に着いておられたとき、一人の女が、純粋で非常に高価なナルドの香油の入った石膏の壺を持って来て、その壺を壊し、香油をイエスの頭に注ぎかけた。すると、ある人々が憤慨して互いに言った。「何のために香油をこんなに無駄にするのか。この香油は三百デナリオン以上に売って、貧しい人々に施すことができたのに。」そして、彼女を厳しくとがめた。(マルコによる福音書14章3-6節)

安息日が終わると、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメは、イエスに油を塗りに行くために香料を買った。そして、週の初めの日、朝ごく早く、日の出とともに墓に行った。(同16章1-2節)(いずれも協会共同訳)

 

古代エジプトのミイラ展は最近でも人気がありますが、

豪華な棺や副葬品は別として、古代のユダヤでも基本的には同じでした

ユダヤはエジプトの文化の影響圏でもあり、

死者の弔いは、土葬でなく、

地上に作られた家の墓に安置し、その上で防腐剤を塗って布で巻きます

墓の中で先祖代々と共に永遠の眠りにつくというのが、

ユダヤの伝統的な葬儀でした

 

その葬儀の際に、防腐剤として用いられたのが、

クリスマス物語の3人の博士の贈り物

黄金乳香没薬の没薬、ミイラの語源となったミルラです

ミルラ(ムクロジ目カンラン科ミルラノキ属)に属する、

アラビア半島-北アフリカにかけて生息する低木樹の総称で、

姿がオリーブに似た果実を持つカンラン(橄欖)の仲間、

数種から取られた樹液です

 

その樹脂を多く粉末状に砕いて、

古くから香料として用いた記録が残っています

その香りは複雑と言われますが、鎮静作用から、

広くアロマオイルに用いられます

また殺菌・鎮痛作用が、昔から薬品としても用いられました

またエジプト近隣の地域では、

そのミルラを遺体の防腐措置として体に塗っていました

王や身分の高い人では、内臓を取出した後にも埋めていましたが、

庶民では体に塗って、布で巻く程度の作業だったようです

 

聖書で女性たちが受難から3日目のイースターに、

墓に安置した後のイエスに香料を塗りにいったというのは、

遺体を少し乾燥させてから、ミルラで防腐措置をするという意味です

 

一方で、葬儀の間にも香料を塗るということもありました

恐らく、最初は防腐剤というより、

死臭を防ぐために始まったものでしょうが、

臨終時や葬儀の際の儀式として、世界各地で定着しています

 

その際によく用いられたのが、ナルドの香油です

このナルドの香油は、

実は聖書の時代の普通の人々が接する機会を持てた中では、

もしかしたら最も値段の高いものかもしれない商品で、

そしてこれも、生き物から採られたものです

 

このナルドの原料は何かというと、

ナルドス(スパイクナード,キキョウ類マツムシソウ目スイカズラ科ナルドスキタス属)

という、茎のてっぺんに、

オミナエシのような、小さな赤い花をたくさんつける植物です

その多年草の根を乾燥させたものが、ナルドの香料です

 

その穏やかな香りと、気持ちを落着かせる効果で、

ナルドの香料は広く当時の世界中と言って良い地域で、

香料や鎮静剤として用いられました

 

葬儀の際に身体に塗られた香油で、

当時の最高級品の1つが、

ナルドの香油だったようです

 

ヨハネ福音書11章では、

1リトラという、おそらく缶ジュース位のナルドの小瓶が、

300デナリオン≒庶民の賃金300日分、

あるいはデナリオン銀貨300枚ですから、

銀1.3㎏相当で売られていると記されています

現代とは貨幣体系が違うとはいえ、非難の声も、当然かも知れません

 

そしてこのナルドの材料であるナルドスは、

なんとオリエントから遥かに遠い、ヒマラヤに自生している植物です

そこからシルクロードを渡って、

当時のアジアからヨーロッパで、

広く愛された高級品とのことですから、

驚くほどの値段だったことも頷けます

 

1人の女が、十字架にかけられる6日前のイエスの頭に、

ナルドの香油を振り掛けたのですから、

これは来たるイエスの受難をあらかじめ示したものと、解釈されています

ミルラもナルドスも、今でも世界中で愛されています

イエスの受難の後、その場に臨んだ人々の心に、

慰めを与えただろう、植物たちの香りです(2025.10)