実はこの文章を、「房総半島でつないでいる生命⋯」

という題で準備している途中、

能登半島南部にも千葉に続き大雨特別警報が出るほどの豪雨がありました

 

今回の話は、能登半島と、そして千葉・房総半島のみが、

残された生息地である絶滅危惧種、

シャープゲンゴロウモドキ(甲虫目ゲンゴロウ科ゲンゴロウ亜科ゲンゴロウモドキ属)

についてです

ゲンゴロウ科には、ヒメゲンゴロウ(ヒメゲンゴロウ亜科ヒメゲンゴロウ属)はじめ、

〇〇ゲンゴロウという種が何種類もあるのに、

ゲンゴロウ亜科のさらにゲンゴロウ族(亜科と属の中間の分類単位)に入るものが、

ゲンゴロウモドキという名を付けられているのも、

なかなか紛らわしいことです

 

さらになぜ、日本固有種なのに「シャープ」なのか

これは、有名なところではシュレーゲルアオガエル(アオガエル科アオガエル属)

と同じく、

日本固有種なのに、標本が欧州に送られ記載された際、

学名にその地の著名な分類学者(シャープ=英,シュレーゲル=オランダ)

の名が学名に付けられた

それが和名として、考えなしににその名が冠せられたという、

外来種との誤解を生じさせかねない、

生物学界隈の、情けない慣行の「犠牲者」なのです

 

さてそのシャープゲンゴロウモドキは、

戦前には東北—中国地方の10県以上に分布した報告がありますが、

現在は房総半島と能登半島しか、生存が確認されていない、

レッドデータ絶滅危惧種(ⅠA)として、

生残れるか非常に危ぶまれている昆虫です

 

そのシャープゲンゴロウモドキは、

遺伝子解析から、千葉(東日本型)と能登(西日本型)で、

別種または亜種の可能性が高いとされています

今は同種とされていますが、能登の個体群は、

かつてコゲンゴロウモドキと記載され、

千葉の方も区別して、アズマゲンゴロウモドキという別名が付けられています

 

日本の水生生物には、

フォッサマグナ、特に新潟県親不知が生物障壁となって、

東西日本で別種,亜種となっているものがいくつもありますが、

かつての生息の記録のある親不知以北の新潟県で、

せめて標本がもし残っていたら、

シャープゲンゴロウモドキは、単に近年呼ばれる「幻の水生昆虫」に留まらず、

生物進化の重要な証人とされたかもしれないのです

 

ゲンゴロウ亜科の中でも、ゲンゴロウ(ゲンゴロウ属)とシャープゲンゴロウモドキは、

共に日本産としては最大級で、同じく3㎝以上の体長

また縦偏した楕円形で、とても姿が似ています

シャープゲンゴロウモドキ含めゲンゴロウモドキ属の頭部、両眼の間には、

Ⅴ字型の紋があるため、容易に区別はつきます

とは言え、両者の飛翔能力は大差ないと考えられる一方、

ゲンゴロウが各地に生息しているだけでなく、

親不知の南北で遺伝的差異がないということ

他方シャープゲンゴロウモドキが戦前から遺存的に生息していたこととは、

大きな違いがあります

 

これは、ゲンゴロウは河川・湖沼問わず広く生息しており、

その飛翔力に任せて、常に広く遺伝的交配を続けていた一方、

シャープゲンゴロウモドキはその飛翔力に関わらず、

遠方に飛んで行かない生態であることを示唆していると言えます

 

その理由として考えられるのは、シャープゲンゴロウモドキが、

「樹林に囲まれ、水生生物(水草)・餌となる小動物が豊富で適度な日当たり・柔らかい土の岸辺・水温の安定した湧水・深い泥質層を有し、侵略的外来生物(アメリカザリガニ・オオクチバスなど)が侵入していない水域で、冬季湛水された水田や休耕田・放棄水田、湧水により安定した小規模なため池など」(ウィキペディア「シャープゲンゴロウモドキ」)

という、かなり極端に限られた環境でしか生きられない生態であることが、

大きく関わっているようです

 

つまりゲンゴロウは、飛んでいった先の、かなりの水場で何と命を繋いで行けるので、

仔細構わず、生息域を広げようとするのに対し、

極く限られた水圏でしか生残れないシャープゲンゴロウモドキは、

たとえ飛ぶ力があっても、ほとんど外に出て行かなかった

その差が、現在の両者の分布域の違いと大きく関わっていると、

考えることが出来るのです

その意味で、新潟県でおそらく絶滅していることで、

現状では、東西両形の遺伝的分化の働き方とそれに影響する、

フォッサマグナ=親不知という生物障壁が、

形態的には非常に似ているゲンゴロウとシャープゲンゴロウモドキの、

生態的な特徴の比較によって、かなり詳しく調べられる、

その証拠が消えてしまったのが、何とも残念なのです

 

そしてそれどころではない、今両地方の豪雨が、生息域にどのような影響を与えたか、

とても心配なところです

上記の生態から、シャープゲンゴロウモドキは、

台地の地表が河川浸食によって窪地となった、谷津という小さく湿潤な地形が、

生息に非常に適していることが知られています

そしてその谷津は、近年の記録的な豪雨による、冠水や土砂流入で、

容易に環境が破壊されてしまうのです

 

房総半島も能登半島も、谷津の多い地形であり、

それがシャープゲンゴロウモドキの命を繋いできました

この幻の虫は、かなり本当に幻と消えてしまう、

今瀬戸際にあるのではと、思われるのです(2026.8)