一昨年以来のいくつかの病気は、苦痛や体調不良はもちろんですが、

それ以上に筋力というか、体力を激しく奪っていることを実感しています

そのため例えばこちらの文章はじめ、いくつかの場での、

今まで無意識に近い感覚で書けていた文が、精度もそして思考も明らかに、

同じレベルに近づくためには、かなり多く、

時間と力を使わねばならないことが、地味に一番つらいものです

 

だからということではないのですが、

物心つく前から最も親しんでいた魚のひとつ、

クロダイ(スズキ目スズキ亜目タイ科ヘダイ亜科クロダイ属,最近ニザダイ目

として独立させる意見が強まっています)

西日本特に瀬戸内沿岸で、チヌという方言で親しまれてきた魚について、

先日地方紙で記事を目にし、今回この文章を書くことにしました

 

その記事の内容は、短く切詰めると、

チヌによる養殖ノリ(スサビノリ(ウシケノリ目ウシケノリ科アマノリ属))の被害が深刻

チヌは近年評価が低いけれど本当は美味なので、

皆さんでチヌに親しんで、たくさん食べて数を調整して、

水産業を応援しましょうというものです

これは10年以上前から問題が深刻化し、

瀬戸内海や東京湾等を控えた、いくつもの水産機関での調査報告が、

科学的な裏付けを与えている話です

 

チヌは味とは全く関係ない理由で、日本の東西で全く評価の違う魚です

日本沿岸で最も水揚げの多いのは瀬戸内海の広島沿岸ですが、

瀬戸内海でも、大阪湾は古名というか、今でも普通に使う雅語として、

茅渟の浦、茅渟の海といわれています

昔いた大阪湾北岸の小学校では、

校歌と学校賛歌の両方で、1節の最初にこの両方が歌われていました

 

エビスビールのイラストにもあるえびす神にちなむタイは、

なんとなく皆がマダイと思込んでいますが、本当はチヌなのです

えびす=蛭子神は記紀神話のいわば親神に、

海に捨てられた障がい者ですが、

海に流された後、チヌに助けられて西宮に上陸して神になったと、

全国のえびす信仰の総本社である、

西宮神社古伝は伝えているようです

近世以後、そしてもしかしたらいまも強まり続ける、

国家神道のどこまでも強い神とは、

本来真逆の、小さくされた者が生きていって良い、

ある意味その象徴として、えびす神とその助け手のチヌのペア

それを誇りとしての茅渟の浦ならとても悪くないと思うのです

 

私が小学生の頃、父親がかなり大きなチヌを釣り、

馴染みの(我が家にとっては最高めの)寿司屋に渡しての上、

美味な刺身とアラの潮汁を相伴しました

親子で1匹丸ごと食べたわけでもなく、今から半世紀余り前の神戸、

という前提で、それなりのリーズナブルになる外食に、店は応えていた

そのような大切な想い出の中に、チヌがあったことを思出します

 

おそらくクロダイと呼ばれる東日本で、評価が低い一因は、

水路の多かった昔の江戸の街での、チヌの姿があったのではと感じています

チヌが汽水・淡水まで遡上し、

しかも環境への適応能力があり、しかも取分け雑食性が強く、

残飯や何というか川の上から見える排泄物まで食べる生態が、

堀や運河が張り巡らされ、人々が目にする機会の多かった江戸の歴史と、

大きく関わっているのでしょう

 

また、西日本ではあまりないのですが、東京辺りでは、

赤くないのでクロダイは不祝儀の魚

葬儀関係で食べることはあれ、

マダイはじめ赤いタイと比べ、皮を剥げは分らないのに、

尾頭つき、では黒い姿が、忌まれたということもあるでしょうが、

東と西でこれほど文化的な受止め方の違う魚も、

余りないような気がします

 

チヌの生態や水産業に話を戻します

チヌは夜行性で、昼は岩礁等の住処に身を潜め、

夜間泳ぎ出して、餌を探します

以前はそれなりに魚価が高く、チヌを狙う漁もあったそうですが、

今は西日本でも魚価は安く、専門の漁法ほぼ行われなくなりました

なので浅海で回復したチヌが、あたかもシカ類やクマ類のように、

養殖のノリやマガキ、あるいは栽培漁業で放流された、

アサリはじめ様々な魚介類を、食べ放題の今のようなのです

 

また、チヌは夜行性と言われていますが、

上記のノリ養殖の食害の調査では、「通勤するように」、

毎朝岩礁地域から養殖場に出て来て、夜には元の場所に戻る生活です

養殖ノリは秋-冬にかけて成長しますが、

ちょうどそのころがチヌの旬なので、消費量が増えると好都合なのです

 

正直チヌは、養殖魚や時に大発生する魚を除き、

今年間通じ安く食べられる割に需要の少ない、身近な隠れた有用魚の代表です

チヌの旬は冬ですが、

それは逆の夏に味が劣るというより、

大都市の河口域にいる魚が臭うという、ボラ類やコノシロと同じ、

というか、その水域の魚だけは食べなければ、問題はないことです

 

確かに夏場のチヌは磯臭いという話はあります

ても、それは消せます

要は、アサリのように、酒蒸しすれば良いのです

煮付けの下ごしらえ含め、日本酒を加えて蒸せば、ほぼ匂いは消えます

愛媛では、マダイと同じく、日本酒を入れてのチヌのタイ飯があり、

東日本と逆に、出産祝いとなっていることだそうです


なお、同じクロダイ属のキチヌという、姿も生態も非常に似た魚がいます

黄色い腹鰭,臀鰭で簡単に見分けられますが、切身になると全く区別つかず、

同じチヌやクロダイとされて流通することが多いようです

どちらかというと、チヌより少し生息域が南方系ですが、

分布は重なっているので、知らずに食べた経験ある人も多いでしょう

なおチヌは産卵期の初夏には味が落ちますが、

逆にキチヌは産卵期が秋冬なので、旬は夏場

夏は腹鰭臀鰭が黄色い方がおすすめと、覚えていると良いでしょう(2026.6)