園城寺、通称三井寺は、
平安時代に、天台宗総本山の比叡山延暦寺から、
ありていにいえば宗門(座主)の3代目との権力闘争に敗れた、
5代目が山から琵琶湖側に下りて作った、
天台寺宗門という、分派です
延暦寺と同時に観光で訪れたことがあります
そこで知った話が、
延暦寺との闘争で、当時延暦寺の僧兵だった武蔵坊弁慶が、
戦いに勝った戦利品として、
三井寺の梵鐘を奪い取って比叡山まで引摺ってきてしまう
しかし鐘が三井寺を恋しがって泣くので、
弁慶が谷底に蹴落としたところ、
鐘が自力で三井寺に戻ってきた、という話です
延暦寺には寺のゆかりの各宗派の開祖等の坐像があり、
延暦寺でお参りできる
つまりお布施を納めてもらえるシステムになっていますが、
延暦寺の僧兵である弁慶については、扱いが一段下というか、
パネルで説明しているだけでした
一方三井寺では、引摺り跡のある鐘が飾られており、
売店には弁慶の引摺り鐘にちなんだ、
力餅や饅頭などの土産物が、一番目を引く形で並んでいました
神聖な雰囲気たっぷりの中で各宗祖を持上げ、
別れた他宗派からもしっかりお布施をもらう延暦寺
一方堂々たる古刹ながら、
自虐ネタスレスレで、
自分たちの仇敵のはずの弁慶を、しっかり売りにする三井寺
どちらも大したものと、
それぞれの逞しさに、むしろ尊敬の思いを抱きました
閑話休題でしたが、
そのような三井寺の名を冠した生き物がいます
ミイデラゴミムシ(甲虫目オサムシ亜目ホソクビゴミムシ科ミイデラゴミムシ属)です
美しくかつ獰猛なオサムシ類やハンミョウ類とも近縁ながら、
小さくかつ雑多な食性であり、
ゴミだめのような場所でよく見つかる、
ゴミムシ(あまりにひどい命名)の仲間です
物語等で敵味方問わず、
相手をゴミムシ呼ばわりする表現が良くあります
「ハンミョウめー」とは決して聞きませんが、
ゴミムシ類(同オサムシ科)が、頭部背面の甲殻に、
一対の透明で小さな部分があり、
それがもしかしたら、動物で他に例を見ない、
原始的ながら特別な目の役割を持つ器官かもしれないなどと知れば、
とても侮辱言葉には出来ないのにと、思ったりします
また閑話休題、その少し近縁のミイデラゴミムシは、
特別三井寺と関わりある、やんごとなきいわれと思いきや、
三井寺境内の中では、その名は見つけられませんでした
ミイデラゴミムシは三井寺から、完全無視の虫です
その理由の1つ、ミイデラゴミムシは、生息地はほぼ日本全土
別に三井寺とは、生息地としても、模式標本の場所でも、
特別には関係ないのです
その和名がどのような意図で付けられたかは不明ですが、
腹部後端から臭くて皮膚に炎症を与える、
高熱のベンゾキノン(昆虫類の甲殻と同源の化合物)を噴射する、
俗に言う、屁っぴり虫のなかで、
黒と黄色の警戒色で比較的目立つ、
代表的な虫のためという説があります
ご存知、鳥獣戯画の中に、
有名な、放屁合戦という絵があります
それで、鳥獣戯画の作者、鳥羽僧正が三井寺の門主だったので、
江戸時代後期にはすでに、
ミイデラゴミムシとの名を与えられていた
それが今のところ、最も可能性がある、由来の解釈のようです
ミイデラゴミムシの属するホソクビゴミムシ上科の昆虫には、
1つの大きな特徴があります
大部分、成虫は広い食性の肉食動物ですが、
幼虫は、食性が分っているものは全て、
特定の昆虫類の卵や蛹のみを捕食するというのです
ミイデラゴミムシはその中で、ケラ類(バッタ目コオロギ上科ケラ科)
のみの卵に幼虫が寄生するので、
ケラ類が世界中の温帯•熱帯に分布するため、
もしかしたら生息域は日本だけでないかも知れません
昆虫類は特に幼虫期に、親と少なからず違う、
多様かつ特異な、食性を得る進化を続けて、
動物界で最も繁栄を得られたと考えられています
ホソクビゴミムシ類はその1つの極地
世界中で繁栄する昆虫類の、
それも無防備な卵や蛹を食べる食性で、多様な進化を遂げた
1種ずつは相手の生息状況に依存し、
いつ絶滅してもおかしくない不安定さながら、
グループ全体としては常に、生残る可能性が極めて高い、
賢い生存戦略を獲得した昆虫と言えるでしょう
ミイデラゴミムシは、ケラ類に的を定めて、その代表格になっている虫なのでしょう
どこか、弁慶に依存する三井寺と、
その名を冠するミイデラゴミムシは、
情けなく、されど愛おしく思える逞しさが、
通ずるように思えてしまうのです(2025.12)
