「消え残る想い」とバビントン事件 | 世界史オタク・水原杏樹のブログ

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2015年3月 旅順・大連
2015年8月 台北(宝塚観劇)
を書いています。

「消え残る想い」のバビントン事件について、うろ覚えだったのをネットで調べてみました。

まず、メアリー・スチュアートですが、1542年スコットランド王ジェームズ5世の王女として誕生。生後6日でジェームズ5世は死亡し、スコットランド女王となります。16歳でフランス王太子で14歳のフランソワと結婚。2年後フランソワは国王フランソワ2世として即位、メアリーは王妃になります。しかしフランソワ2世はその後すぐ病死。子供もおらず、メアリーはスコットランドに帰りました。

イングランドではエリザベス女王が即位していました。エリザベスの父親ヘンリー8世は、男子の跡継ぎを望みながらもなかなか生まれず、さらに自身の好色もあって6人の妻をとっかえひっかえした王様として有名です。
そのため離婚を認めないカトリックから離脱してプロテスタントに改宗しました。そうしてイングランドからスコットランドにかけてプロテスタントが広がっていましたが、メアリーはあくまでもカトリックでした。

メアリーはスコットランド貴族のダーンリー卿ヘンリーと再婚し、息子ジェームズが生まれました。しかしダーンリー卿との仲は冷え込み、さらにボスウェル伯という男といい仲になっていきます。その後ダーンリー卿は何者かに暗殺されました。周りの者たちはメアリーとボスウェル伯を疑いましたが、証拠はなく、そのまま二人は結婚。

しかしメアリーはもともと女王としても人望が薄く、さらにこの結婚で周りの反感を買い、反ボスウェル派の貴族たちが反乱を起こしました。メアリーとボスウェルはスコットランドを逃げ出し、メアリーはイングランドへ、ボスウェルはスウェーデンで捕えられました。ボスウェルはスウェーデンで獄死。

メアリーはイングランドに逃げてきた時、エリザベス女王に捕らえられました。しかしエリザベスはメアリーを処刑したりはせず幽閉するのにとどめました。しかしメアリーはずっと以前からイングランド王位を要求していました。メアリーはイングランド国王の血をも引いていたのです。それに対してエリザベスはヘンリー8世の2番目の王妃アン・ブーリンの子供でした。しかもアン・ブーリンは最初の王妃が存命中に結婚したため、メアリーはエリザベスは庶子であって王位継承権はないと主張します。

そうしてメアリーはたびたびエリザベス女王を廃位して自分がイングランド女王になるための陰謀を企てました。しかしエリザベスはそのたびにメアリーをかばい、幽閉場所を変えたり、監視を厳しくするにとどめていました。しかしこれがエリザベス女王の危機になると考えた臣下はメアリーの身辺全てを監視し、反乱の証拠を探し続けていました。

そこへ登場するのがアンソニー・バビントンです。バビントンはメアリーに忠誠を誓う貴族で、メアリーを救出しようと思っていました。そのため密かにメアリーと暗号で手紙をやり取りしていましたが、イングランドに筒抜け。暗号も全部解読されていました。ついにはその手紙を元に、メアリーがエリザベスの暗殺を計画したという証拠として出されました。
もっとも、バビントン一人で救出(暗殺)しようとしたわけではなく、カトリック勢力、それもスコットランドだけではなく教皇庁やスペインまでからんでいたということで、バビントンはむしろ連絡役にすぎなかったとも。

で、その証拠の手紙はイングランドのスパイの陰謀でそそのかされて書いたものだとか、でっち上げだとかという疑惑があるのです。

エリザベスはさんざん躊躇した末に処刑の書類にサインをしたと言われます。

それで、ふと思ったのですが。

「消え残る想い」で、メアリー・スチュアートが「争いは空しい」だなんて白々しい…と思ったのですが、これが忠実な臣下として自分を助けようとしたバビントンも道連れに処刑されることになってしまった、という事実を入れたらよかったのでは?だからこそ、自分がエリザベスと王位を争ったことがそういう結果になったことを公開した、と。

そうしたら、アデーラの幻想に浮かんだメアリー・スチュアートは静かに処刑を待つのではなく、バビントンも処刑になる!自分のせいで!と嘆き、自分のしたことを後悔しているところ。そうして、争いなどせずスコットランドの統治に専念していれば…とつなげます。さらに、その幻が消えた後、アデーラはメアリーの心臓をマクシマスに渡して、自分の見たものを伝え、メアリーは復讐ではなく、バビントンに謝りたかったのだ、と伝えます。

その方がまとまりがいいのではないかと。

ついでに、メアリーは反乱で逃げた時にスコットランドでは息子のジェームズが即位しました。スコットランド王ジェームズ6世です。エリザベス女王が独身で死んだあと、ジェームズがイングランド国王ジェームズ1世として即位しました。この後イングランド王室の血統は途絶えることなく現在まで続いています。エイデンがエゼキエルに今の女王様はメアリーの血を引いている、と言うのはそういうことです。