「化け込み婦人記者奮闘記」 | 世界史オタク・水原杏樹のブログ

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2015年8月 台北(宝塚観劇)
を書いています。

「明治 大正 昭和 化け込み婦人記者奮闘記」
平山亜佐子:著 左右社

https://sayusha.com/books/-/isbn9784865283730

「化け込み」とは、今でいうなら「変装潜入ルポ」とでもいうもの。日本では明治に新聞が創刊されましたが、比較的に早い時期に女性の記者も登場しました。しかし男性記者のような一人前の仕事は与えられませんでした。「号外に関係のない婦人記者」といった川柳も詠まれたぐらいです。その中で「化け込み」でいろいろな職業の中に入り込んで記事を書くのが人気を呼び、そういったところで女性記者(当時は「婦人記者」といった)が活躍することになりました。

まず1907年(明治40年)、「大阪時事新報」に「婦人行商日記 中京の家庭」という記事が掲載されます。書いたのは下山京子という婦人記者。女学校を卒業後、速記事務所に入り、その後知人のつてで「大阪時事新報社」に入社。まだ婦人記者は少数で珍しかった時代です。新地の芸者の取材などをしましたが、フランスの新聞で婦人記者が花売りに「化け込み」をして記事を書いたということを知り、編集長に提案します。そして小間物の行商人に化けていろいろな家庭に入り込み、そこで見聞きしたことを記事にしました。プライバシーの概念などほとんどなかったのでしょうね。入り込んだ家庭の実名を出して内情をバラすようなことを平気で書いています。のぞき見趣味的な内容に興味を惹かれる人が多かったらしく、この企画は評判になりました。下山京子はその後高級料亭の仲居として化け込んで潜入。仲居の一日、女性従業員のうわさ話などを書きます。

こういった婦人記者の活躍のほか、当時の婦人記者が置かれていた状況も説明されます。職業女性がまだまだ少ない時代、男性記者が圧倒的に多い中で記者として活躍するには相当の苦労があったようです。取材に行っても女が何をしに来た、みたいな扱いを受けたり。

この辺で「はいからさんが通る」を思い出しました。紅緒は少尉の戦死の知らせを受け取った後、伊集院家がひっ迫しているのを知って仕事を探します。そして雑誌記者の仕事を紹介されます。しかし編集部に行くといきなり編集長から「おれは男尊女卑だ」と言われ、拒絶されます。どうにか「女として扱わない」という約束で入社を果たしましたが、事件の現場に取材に行くと、他の新聞記者から女が来たとバカにされる…なんて場面がありました。

さて、中平文子という記者は「化込行脚 ヤトナの秘密と正体」という化け込み潜入記事を書きます。「ヤトナ」とはおそらく「雇い女」の転訛で、今でいうなら派遣労働。当時の女性の仕事つまり仲居、芸者、あるいは料理屋の手伝い、婚礼披露や法事の手伝いなどに派遣されるのです。カフェーでヤトナの仲介をしていたらしく、文子が行くと店のシステムを説明されました。座敷が掛かったらそこへ行くのです。芸者のような芸もいらず簡単に呼べるヤトナの仲居はこのころはやっていたようです。

北村兼子という人は関西大学大学部法律学科の聴講生になるなどかなり高い教育を受けた人です。語学が堪能で新聞社にスカウトされました。カフェーの女給やビリヤードの係員などに「化け込み」をして記事を書きました。そして論考やエッセイなどを書いて本を何冊か出しました。ところが本が売れるにつれ、世間のバッシングがひどくなっていきます。雑誌や新聞にあることないこと書かれて攻撃されました。女性が才気を発揮すると「出る杭は打たれる」とばかりに叩かれる時代でした。

このように化け込み記事からは当時の女性の職業が見て取れます。
そうした職業の一覧も書かれています。
その中には「電話消毒婦」なんてものもありました。風呂敷にホルマリンの瓶を包んで会社や商店などの電話を消毒して回るのです。逓信省認可の電話消毒液の瓶の写真が載っています。コレラやペストなどの伝染病を恐れて、不衛生な電話口の部分を消毒しようという機運があったそうな。
その頃は女中のいる家も珍しくなく、女中奉公も化け込みのネタでした。百貨店店員もありますが、百貨店裁縫部なんていうのも。これは裁縫室に勤務して、仕立て屋に出して戻ってきた品を帳簿と見比べてチェックするそうな。
また、ダンスホールのダンサーは、パートナーのいない男性に指名されて踊る仕事。指名はチケット制など。

古い新聞を読み込んでこうした記事を拾い出して、当時の女性の職業や置かれた立場などを明らかにすることで、男性目線の社会史には出てこない面を明らかにした、とても面白い本でした。

いや~、100年もたつと、こんなに時代が変わるんですね。