投影を知覚して、動揺したとき、
必ず私が間違っている。

そのとき、
私は必ず自我を選んでいて、
「あなたと私は別々だ」と見ている。

つまり分離を信じている状態にある。

その分離の証拠として、
間違った心が五官や頭脳をつかって
集めたデータをもとに
それを信じて(騙されて)動揺したのだ。

つまり、
動揺したときは、
例外なく、必ず私が間違っているのだ。

これはとても屈辱的なことなので、
決して認めたくはないことなのだけど、

確かに、必ず私が間違っている。



そして、そこから思い直して、
何か別な見方があるはずだと
心に戻っていく。

これが「赦しの第1ステップ」

"奇跡の瞬間"だ。


これが、奇跡講座でいうところの
「奇跡」ということになる。

私たちが想像するような
何か特別にキラキラしたミラクルなことが
起こるわけではない。


ただ、分離を信じた結果として現れている
自らが投影した世界や相手との
混沌とした状態から

「もうこういうことはやめたい。」

と、その原因である
心へと方向転換するだけ。


しかし、
これが「奇跡」と言えるくらい

この自我の世界のシステム中では
信じられないくらいに素晴らしく、
そして難しいことなのだ。


それは、
虚偽から真理への方向転換となる。


この、奇跡の方向転換からのステップが、
赦しへと至る道の始まりとなる。


そして、その赦しとは、

自我の嘘の叫び声を聞くことをやめて、

「分離は起きてなかった」という
聖霊からの微かな呼びかけを聞き入れ、

この世界は幻想なのだと
真に受け入れていくことであり、


実相からの"神の愛の反映"を
この幻想へと唯一持ち込めるものである。



それを実践して体現していくのが
奇跡講座の学びであるとも言える。