【積み重なった1日――セイ】
セツナが帰った、その夜――。
数時間前まで彼女の気配があったことが嘘のように、家の中はただ、静けさだけが残っていた。
けれど、不思議と、空虚ではない。
今日1日で、僕たちの“家”は、ほんの少しだけ“特別な空間”になった気がしている。
庭で水をやったプチトマトの種と『幸せの種』。
広場で選んだクエスト。
並べたマツボックリと、フェルトボール。
数を数えながら、2人で決めたポイントの目安。
そして、暖炉の柔らかな火の光。
そのそばに飾られたリース。
どれも、彼女と一緒に選び、一緒に作り、一緒に「いいね」と言い合ったものだ。
だからだろうか。
そこに宿っている温かさは、ただのオブジェクト以上の重さを持っている。
作業中は、夢中だった。
効率や手順を考えることに意識が向いていて、自分が何を感じているのかなんて、考えていなかった。
けれど、こうして1人で眺めてみると分かる。
この家は、「僕がいる場所」から、「僕たちが過ごした場所」に、静かに変わっていた。
居場所というものは、突然与えられるものではなく、誰かと並んで歩いたり、同じテーブルを囲んだり、同じものを作って笑ったり、そういう取るに足らないような日常の積み重ねで、少しずつ形を持ち始めるものなのかもしれない。
彼女と一緒にいることで、怖さや不安が完全に消えるわけではない。
ただ、それらが前に出てこなくなる。
それだけで、僕は息がしやすくなる。
(……変わっていくのは世界じゃない……たぶん、僕自身だ……)
静かな笑みを浮かべながら、僕はもう1度暖炉の火を見る。
ゲーム内の1日は、今日もゆっくりと暮れていった。
けれど確かに今日という1日は、僕の中に消えない何かを残していった。
(第72話に続く)