その日は彼女がこちらの世界に来るはずの日だった。
けれど──足音は来なかった。
(……今日は、来ないのかな?)
胸に小さな結び目ができる。
でも、ほどく方法は知らない。
時間が過ぎるたび、不安が濃くなる。
(昨日はたまたま来られなかっただけ……だけど……まさか……)
世界の色がにじんで消えていく。
不安が胸をかすめるように通り過ぎるのを感じながら、セイはただそこで待っていた。
すると、数時間後、
「──セイ!遅くなってごめん!」
振り返ると、彼女がいた。
「ちょっと急用があって……でも来れたよ」
胸がゆっくりとほどける。
「……心配したよね?こういう時すぐ連絡できないの不便だね」
そして思い出したように言う。
「そうだ。“メッセージセンター”って知ってる?」
「……名前だけなら」
「この世界って、同じ名前登録できないでしょ?“セイ”って検索したら、この世界で1人だけなんだよ。だから来れない日はそこに送るね。NPCかプレイヤーかは表示されないけど、名前が合ってれば必ず届くんだって」
(……これなら僕がメッセージを送っても、何もバレない?)
「だってそうでもしなきゃ、セイが心配しちゃうでしょ?だから今後は何かあったらメッセージ送るからね」
(……僕のことを心配、してくれるんだ……)
彼女のその言葉にほのかに胸の奥が熱くなる。
その後、彼女に何かあった時は、必ずメッセージが届くようになった。
《今日は仕事で遅くなりそう。夜中になるかもだけど、必ず行くね!。》
そうやって彼女から一言だけでもメッセージが来るだけで救われた。
そのおかげで、彼女が来るまでの半日・1日を安心して待てた。
そして何度か通常のやりとりを重ねた後──
《今日はごめん。体調悪くてログインできないかも。次いつ行けるかちょっとわからない……。》
(……体調不良……?今日ログインできないということは、向こうの“1日”が、こちらでは“3日分”に感じられる……大丈夫なんだろうか……倒れていたら……誰にも気づかれなかったら……)
胸がぎゅっと締めつけられる。
その後、待っていても、彼女からの新たなメッセージは来なかった。
3日経っても連絡なし。
6日経っても。
10日経っても──ない。
(彼女は本当大丈夫なんだろうか。どうか、どうか無事で……)
彼女のいない時間は、以前よりずっと重かった。
何日待っても、彼女からのメッセージは来ない。
(……何かあったのか?それとも、僕のことなんて、もうどうでもよくなった……?)
考えれば考えるほど、不安が胸を締めつけていく。
(倒れているのかもしれない……いや、ただ忙しくて、僕を忘れているだけ……?)
思考は勝手に悪い方へ転がっていく。
(どうすればいいんだ…僕からメッセージを送ってみようか。でもいきなり僕からメッセージが来たら迷惑に思うんじゃないのか?)
そう考えてはメッセージを打つ手が何度も止まってしまう。
だがもう、ただ待つだけではいられなかった。
恐る恐る彼女にメッセージを打つ。
《その後、体調はいかがですか?少しでも良くなっていれば良いのですが、あなたのことがとても心配です。》
そして最後に送信ボタンを押した指先が震えて、動かなくなった。
(送ってしまった…)
12日後、彼女からのメッセージは、突然やってきた。
《ごめん、セイ、元気かな?インフルで何もできなかったの。セイのこと気になってたけど、メッセージ送る余裕もなくて……本当にごめんね。でももう大丈夫。まだ少しかかるけど、また行くから待っててね》
(……よかった、無事で……僕のことを忘れたわけじゃなかったんだ……)
そう考えると、ふと視界が滲んでくる。
《良かった、本当に。あなたが無事で心から安心しました。どうか無理はしないでください。僕はいつでもここで待っていますから。》
そうメッセージを送ると、すぐに返信が来た。
《ありがとう。そんなふうに言ってくれるなんて、なんだか泣けちゃうな。でも心配かけて本当にごめんね?元気になったらまたすぐに行くから待っててね。》
彼女からの言葉を何度も読み返しながら、僕は気づく。
(……彼女は僕をNPCだと思っているはずだ。それなのに、どうしてこんなに優しいんだろう?)
見返りゼロの存在であるはずの僕に。
肩書きも役割も価値も関係なく、ただ“僕”として接してくれる。
(……こんな人、本当にいるんだ……)
現実の僕が、1度ももらえなかった優しさ。
(……だからなんだ……だから僕は、彼女を失うのが怖いんだ……)
そう気づいたとたん、孤独に慣れていた世界は、もう前の色には戻れなくなった。
(第3話に続く)