マイナンバーカード“廃止”の噂を聞いて、私が感じたこと | 世羅の気功と日常ブログ

世羅の気功と日常ブログ

「何もないと思っていた自分に、
小さな“できた”がくれた喜び」を
テーマに、気ままに想いのままに
書き綴るブログです。

今日、たまたまインスタグラムのリールで「マイナンバーカードが2026年に廃止されるらしい」という動画を目にしました。


その情報がとても気になり、自分なりに調べてみたところ、実際には「廃止」されるわけではなく、「個人番号カード」などと名称が変更される予定であることがわかりました。


多少のセキュリティ改善や機能の追加はあるようですが、根本的な仕組みはほとんど変わらず、結局はこれまでと同様に個人情報を一元管理しようとする方向性そのものは変わらないのだと感じました。

 

私が特に懸念しているのは、個人情報の一括管理によるリスクだけでなく、顔写真付きのカードになることで新たに生じる可能性がある危険性についてです。


人の顔というものは、年齢や体重の変化、事故や病気、整形手術などによって大きく変わることがあります。


そうした変化を前提に考えたとき、「写真で本人確認を行うことの正確性」には強い疑問を抱かざるを得ません。


さらに、顔写真から目の形や顔全体のパターンといった生体情報が読み取られ、どのように利用されるのか分からないという不安もあります。


顔写真があるから安心、という考え方自体が、必ずしも正しいとは言い切れないのではないかと思うのです。

 

また、介護施設における実際の運用面でも、さまざまな課題があるように感じています。


マイナンバーカードは、暗証番号や万が一の紛失時に本人の責任が問われることもあり、施設側が預かることを避けるケースが相次いでいると聞いています。


実際に、私の母が入所している施設でも、マイナンバーカードの管理はリスクが高いという理由から、受け入れていただけていません。


以前であれば、健康保険証や介護保険証などをコピーで提出することで、医療や介護の手続きは問題なく行われていましたが、マイナンバーカードに一本化されることによって、それが難しくなるのではないかと心配しています。


たとえば、家族が毎回カードを持参して対応しなければならなくなったり、定期健診や通院のたびに足を運ばなければならなくなるのではないか、と不安に思います


私のように外出が簡単ではない立場の人も多くいることを考えると、マイナンバーカードによる一括管理は、現実的には無理があるように思えてなりません。

 

事実、複数の老人ホームでは「紛失や不正利用のリスク」「管理の煩雑さ」「家族の同意が得にくい」といった理由から、カードの預かりを控える例が増えているとの報告もあります。


こうした現場での問題に対して、どのように対応していくのか、政府からは明確な方針が示されていないように感じており、その点にも大きな疑問を抱いています。

 

さらに、これまで代替手段として利用できていた年金手帳や公共料金の領収書、国民健康保険の納付書などが、今後は本人確認書類として認められなくなってしまう可能性があることにも不安を感じています。


たとえば、携帯電話の契約では、以前は健康保険証と公共料金の領収書を組み合わせて本人確認が可能でしたが、現在では顔写真付きの本人確認書類が必須とされるケースが増えています。


その結果、日常生活の中で自然に使えていた代替手段が次々と排除され、「不便さ」ばかりが増している現実に、大きなストレスを感じています。

 

そもそも、顔写真付きの身分証やマイナンバーカードがなくても、これまでの生活に何の支障もなかった方々が多くいる中で、制度の変更によってかえって不安や負担を抱えることになっているというのが現実なのではないでしょうか。


「便利になる」という言葉ばかりが強調される一方で、本人確認の自由や選択肢が奪われ、さらには銀行口座や資産情報、医療記録、運転免許証なども紐づけられ、すべての個人情報が一括して管理されていくような流れに、私はどうしても納得することができません。

 

もちろん、すべての方が私と同じように考えているとは思っていません。


けれども、少なくとも現在の制度の進め方や、国の姿勢には強い疑問を抱かずにはいられません。


私としては、今回のような名称の「変更」ではなく、マイナンバーカードという制度そのものを「廃止」し、従来のように選択肢のある自由な状況に戻していただきたいと強く願っています。

 

民意が尊重される日本になってほしい――


そんな思いを込めて、今日のブログを書いてみました


最後までお読みいただき、ありがとうございました。