王84年オフ
第8シードでプレイオフに進んで、スウィープされたチームにしてはあまり動きません。
【HC交代】
5月上旬、コットン・フィッシモンズがキングスを去り、スパーズのHCに就任しました。
フィッシモンズの契約は昨シーズンで満了となっており、キングスと契約延長の交渉をしていた最中のことでした。
フィッシモンズは今回の件について、このように話しています。
「カンザスシティを離れるのは本当に辛かったが、これは良い機会だと思った。そして…誰からも引き留められないかたちで去る、これが一番いい去り方なんだ」
「もし、サンアントニオ・スパーズが、今日のように契約条件だけでなく、編成面についてもああいった話をしてくれなかったら、私はおそらくカンザスシティに戻っていたと思う」
フィッシモンズのキングスでの成績は、6年間で248勝244敗、4度のプレイオフ進出、コーチ・オブ・ザ・イヤーを一度受賞…。
創設以来最も実績を残したコーチと言えるかもしれません。
選手たちからの信頼も厚かったようで、のちにエディ・ジョンソンは「コットンはリーダーシップでチームをまとめ上げてくれた」
「
そして、フィッシモンズがチームを去った5日後、ジャック・マッキニーが新HCに就任しました。
マッキニーは80~81シーズンから昨シーズンまでペイサーズのHCを務めていました。
就任初年度にペイサーズをNBA加盟以来の初の勝ち越し&プレイオフに導き、コーチ・オブ・ザ・イヤーを受賞しますが、その後3シーズンは結果が出ず、昨シーズン終了直後に解任されていました。
(昨シーズンのペイサーズはリーグ最下位、一昨シーズンはドべ2)
ジョー・アクセルソンはマッキニーについて、
「彼は、この重要なポジションに就く上で、考え得る限り最高の準備ができている人物だ。長年に渡ってジャック・ラムジーの薫陶を受けてきた弟子であり、バスケットボール界においてこれ以上ないほど素晴らしい経歴の持ち主です。彼の経験とゲームへの取り組み方は、まさに我々が必要としているものなんだ」
(マッキニーはセントジョセフ大で選手としてラムジーの指導を受けており、コーチとしてのキャリアを歩み始めてからは、母校とブレイザーズでラムジーのACを務めています)
アクセルソンにとって、マッキニーは第一候補だったようで、3年契約を結んでいます。
マッキニーは「キングスには優れた指導力とリーダーシップを兼ね備えた人物が必要だった」
「これはエゴの問題ではない。自信の問題だ。私は自分が良いコーチだと信じている」と意気込みを語っています。
【ドラフト】
1巡目第9位でオーティス・ソープ、4巡目第80位でカール・ヘンリーを指名。
ソープはプロビデンス大出身のF/C(6フィート10インチ)。
見るからに引き締まった体をしており、手足も長く、フィジカルの強さとクイックネスを兼ね備えています。
4年次には平均17.1点・10.3リバウンドという成績を残しました(得点はカンファレンス2位、リバウンドは1位)。
ドラフト前に行われたアロハ・クラシック(80年代中頃に行われていた、大学トップクラスの選手たち向けの招待制オールスターのようなもの)では大活躍を見せたようです。
「評判とイメージでMVPは他の選手に渡ったんだ」
「あれで色々なことを学んだけれど、同時に、自分のプレイなら誰とでも戦えるという自信も得たんだ」
因みに、元々はプロ選手になりたいという意思がなかったようで、高校3年生までは、21(3人以上でやるゲーム。全員が敵の個人戦で先に21点に到達した人が勝ち)のようなストリートゲームをやるくらいで、バスケットボールのチームには入っていませんでした。
チームに入ったのは同級生に説得されたからで、人生で初めてフル観戦したのも、79年のNCAAファイナル(マジック・ジョンソンとラリー・バードの対決で有名な一戦)なんだそうです。
ヘンリーは6フィート6インチのSG。
カレッジ時代は、オクラホマシティ大で2年、カンザス大で2年過ごしました。
(オクラホマシティ大でプレイしたNBA選手は、ヘンリーを最後に40年以上出ません)
カンザス大ではリーディング・スコアラーとして活躍。
4年生のときにラリー・ブラウンの指導を受けています。
【細かい動き】
①バックスから制限付きFAとなっていたポール・モケスキーを狙い、オファー・シートへのサインまで至りますが、バックスがそれにマッチして獲得ならず。
②デイブ・ロビッシュを解雇。
③ラリー・ミショウ、エド・二ーリーを解雇。
③はいずれも10月。
ヘンリーも、一度は契約を結んだんですが、10月頭に解雇となっています。
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シーズン開幕の2週間ほど前、サクラメントの地元紙にオーナー・グループの一人であるグレッグ・ルーケンビルが “サクラメントに倉庫を建てるための建築許可を取得していた” と報じました。
その倉庫は、1万人収容のアリーナに転用できる設計だったんですね。
しかし、ルーケンビルは「カンザスシティの人々に対する我々のコミットメントは変わらない」
「今の最優先事項は、カンザスシティでチームを成功させることだ」と語り、更に一定の平均観客動員数を達成できれば損益分岐点を超え、移転の必要はなくなるとも話しました。
その具体的な数字は開幕日までに発表されるはずだったようなんですが、開幕日までに発表はなし。
最終的には11月21日が期限とされました、が…