帆82年オフ②
ドラフト前日、フロントはジョー・ブライアント&82年のドラフト2巡目第42位指名権をロケッツに放出し、82年のドラフト2巡目第32位指名権を獲得しました。
このトレードの意図は不明。ドラフトに備えてロスターを整理したかったんですかね。
【ドラフト(6月29日)】
1巡目第2位でテリー・カミングス、ロケッツからもらった2巡目第32位でリチャード・アンダーソン、3巡目第48位でクレイグ・ホッジス、7巡目第140位でエディ・ヒューズを指名をしました。
カミングスはデポール大出身のPF(6フィート9インチ)。
カレッジ時代は1年生のときから主力として活躍残していましたが、ひとつ上の学年にマーク・アグワイアがいたため、当初の立ち位置は二番手。
1年生のとき、コーチたちから「どれだけ君が優れた選手でも、マークが去るまでは君がチームの中心になることはない」と言われていたそうです。
その言葉通り、81年にアグワイアがプロ入りすると(3年生のシーズン後にアーリー・エントリー)、カミングスはスタッツを大幅にアップさせてチームの中心に。
そしてこの年、カミングスもまたアーリー・エントリーを表明したのでした。
「デポールは私に忍耐を教えてくれた。そして規律も。規律については、元々この学校に入ったときから持っていたものではあるけどね。でも、他の人たちと一緒にプレイすることを学び、自分のためだけでなければならないと思わないことを学んだ。レイ(レイ・メイヤーHC)は、その点をとても重視していた。
でも、私にとって大きな財産のひとつとなったのは、バスケットボールをすること自体は複雑なものではない、と教わったことだと思う。
大切なのは、成長して成熟した人間になること。私にとって、それこそがデポール大に在籍したことによって得られた最大の財産のひとつだね。
ジョーイ(ジョーイ・メイヤー。レイの息子でAC)やレイ、そして大学の周りにいた人たちから、私は育ててもらっていた。もし自分がそれを望むなら、彼らはあなたを一人の男として成長させるために指導してくれていたんだ」
ちなみに、シカゴの荒れた地区出身で、カミングス自身も荒れた生活を送っていたようですが、16歳のときに見た夢がきっかけで牧師の道へ。
ペンテコステ派の牧師に叙任されました。
ペンテコステ派ではカトリックなどと違い、16歳でも正式な聖職者になれるんですが、それでも通常想定されるルートからするとかなり若いとのこと。
カレッジ時代はキャンパス・ミニストリー(キャンパス内で行われるキリスト教の信仰活動)に参加し、Bible study(聖書の研究)などを行っていたようです。
【ドラフト続き】
アンダーソンはカリフォルニア大サンタバーバラ校出身のF/C(6フィート10インチ)。
この当時では同大史上2人目のNBA選手でした。
ホッジスはカリフォルニア州立大ロングビーチ校出身のSG(6フィート2インチ)。
カレッジ進学にあたっては、インディアナ大のボビー・ナイト、シラキュース大のACを務めていたリック・ピティーノらもホッジスに接触してきましたが、高校3年生のときに出会ったテックス・ウィンターが指揮する学校を選びました。
ホッジスとウィンターは出会ったのは、ホッジスが高校3年生のとき。
この当時ノースウェスタン大のHCを務めていたウィンターは、ホッジスのプレイを見て「君はいつかプロになれるよ、クレイグ。私たちは君の基礎を磨く必要があるけれどね」と声をかけました。
そして、ウィンターは自身がロングビーチ校へ移るときに“一緒にやらないか”と改めてリクルート。
ウィンターの存在、先にロングビーチ校に進んでいたひとつ上の学年の友人からの勧誘…がホッジスの進路を決めたようです。
ホッジスはNBA選手になることを目指しており、ウィンター以外はどのコーチもリクルートの際にその先(NBA)に言及しなかったのが気になったんだとか。
(ナイトにはアフロを切れと言われたのも嫌だったとのこと)。
カレッジ時代はウィンターの元でトリプルポスト・オフェンスを遂行。
基礎に力を入れるスタイルのウィンターを嫌う選手たちもいたようですが、ホッジスはフィットし、1年生からスターターとしてプレイ。
2年生のシーズンには同大のアシスト記録も作りました。
カレッジ卒業時はさほど高く評価されていたわけではなかったようで、シカゴで行われたプレドラフト・キャンプには補欠で選出。
ただ、そこでいいプレイを見せたようです。
ヒューズはコロラド州立大出身のPG(5フィート10インチ・165ポンド)。
プレシーズン最終戦で活躍するも解雇され、CBAへ。
NBAでプレイするのはまだ先です。
【移転騒動④調査】
6月に行われたオーナー会議の際、NBAは、スターリングと移転について調査する特別委員会の設置を決めました。
これは6人のオーナーで構成され、調査ポイントは以下の3つ。
❶オーナーとしてのスターリングのこれまでの行動。
❷スターリングとバス、そしてサム・ナッシ、フランク・マリアナとのバスケット以外の事業関係。
❸ロサンゼルスが、NBA2チームを財政的に支えることができるか。
❶と❸は文字通りなんですが、❷が少々複雑。
ナッシはこの当時のペイサーズのオーナー、マリアナはペイサーズの少数持分オーナー。
この4人はNBAチームのオーナーであり、ビジネス仲間でもあるんですね。
まず、マリアナはバスが大手航空機メーカーに勤めていたときの同僚で、その後、二人で不動産事業へ進出。
Mariani-Buss Associatesと称する不動産投資事業を展開して成功を収めるなど、長年のビジネスパートナーです。
バスが79年にレイカーズを購入する際、スターリングに不動産を売却して資金を工面したことは以前の記事で触れたとおりですが、このときマリアナもバスの資金調達を助けるため、ナッシから融資を取り付けていました。
(この時点ではナッシはペイサーズのオーナーではありません)
また、ペイサーズの本拠地であるマーケット・スクエア・アリーナは、バスとナッシのパートナーシップ(共同事業体)であるIF Ltd.所有。
更に、スターリングとマリアナは、サラブレッドの競走馬を所有する共同の厩舎のパートナーでもありました。
(ナッシも別の厩舎を共同経営していました)
以上のような4人の関係性から、NBAオーナーとしての判断に私的な利害関係や利益相反が入り込んでいないか疑われた、といったところでしょうか。
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その後、8月半ばの報道によると、クリッパーズは、この夏だけでフロントオフィスの人間が6人も辞任していたことが明らかとなります。
ビジネス・マネージャーやマーケティング・ディレクターらがいなくなってしまいました。