帆79~80シーズン②

 

ウォルトンの復帰戦は80年1月29日。

約1年9か月ぶりの公式戦復帰でした。

 

【スタメン①】

 

テイラーは78試合でキャリアハイの平均35.3分プレイし、平均13.5点・4.3アシスト・1.9スティールをマーク。

このシーズンからNBAに導入された3Pでは、成功率37.7%(リーグ5位)、成功数90本&試投数239本(それぞれリーグ1位)と目立ちました。

 

まだ3Pはそこまで普及しておらず、1試合平均で1本以上決めた選手はテイラーを含めて3人しかいません。

ABA最後のシーズンに成功率42.1%でリーグ首位になっているんですが、そのときは成功数が32本でした。

 

スミスは開幕から2週間ほど経った10月末に、キャブスからトレードで加入。

見返りは80年のドラフト3巡目指名権でした。

 

キャリア11年目/33歳のスウィングマン(6フィート5インチ)。

キャブスの創設メンバーで、そこから約9年、主力のひとりとしてキャブスを支えました。

プレイスタイルはシューターで、アーチの高いジャンパーが特徴です。

 

ここ2シーズンは平均20分ほどのミニッツでしたが、クリッパーズでは平均28.4分まで増加。

70試合で平均11.7点・3P成功率28.9%をマークしました。

3Pはシーズン通算でも成功率28.4%(23/81)で、成功率、成功数、試投数すべてリーグ上位です。

(おそらく成功数か試投数の両方かどちらかが規定数に達しておらず、成功率はランク外)

 

【スタメン②】

 

ウィックスは71試合中51試合でスタートし、ミニッツも昨シーズンから増加(平均30分ほど)。

しかし、平均7・1点・5.8リバウンド・3.0アシスト・1.1スティールとスタッツは伸びず。

昨シーズンまで65~70%程度決めていたFT成功率は、54.6%まで落ちてしまいました。

 

ブライアントは、シクサーズ時代からミニッツが倍増。

81試合(29試合でスタート)で平均9.3点・6.4リバウンド・1.3スティールと自己最高のシーズンを過ごしました。

 

ネイターは81試合に出場し、ミニッツは昨シーズンから平均10分ほど増加(平均35.3分)。

平均13.4点・15.0リバウンド(リーグ1位)・2.9アシスト・FG成功率55.4%(リーグ7位)と好スタッツを残しました。

 

リバウンドはオフェンスが2位、ディフェンスが1位と文句なし。

11月頭のジャズ戦では、キャリアで唯一のトリプルダブルをマークしています(20点&19リバウンド&10アシスト)。

ウォルトンが復帰したときに2試合だけベンチスタートになりましたが、基本的にはツインタワーで起用されました。

 

【ベンチ】

 

フリーマン・ウィリアムスは全82試合に出場。

ミニッツは平均26分ほどで、スタートしたのも18試合でしたが、チーム2位の平均18.6点・FG成功率48.0%・3P成功率32.8%(リーグ10位)をマークしました。

3Pは成功数、試投数ともにリーグ8位です。

 

シーズン序盤でスタメン落ちしたウェザースプーンは、その後ミニッツも激減。

自己ベストの出来だった昨シーズンから一転、59試合で平均6.9点に終わりました。

 

スタン・ピートカヴィッツは50試合&平均11.5分のプレイでしたが、シーズン最後まで生き残りました。

ミニッツにはムラがありましたが、20分以上起用された15試合のうち8試合で2桁得点をあげています。

 

【話題は多いですが】

 

ウォルトンがプレイしたのは僅か14試合(8試合がスタート)。

平均24.1分のプレイで、平均13.9点・9.0リバウンド・2.4アシスト・2.7ブロックでした。

 

ウォルトン獲得の代償が大きかったのでこの結果は堪えますよね。

フリーを含むチームメイトの何人かがウォルトンのことをmalingerer(仮病を使う人)と非難したこともあったようです。

 

ウォルトンと言えば、UCLA時代からカウンターカルチャーの影響を受けており、その言動やヒッピー風の見た目でも有名でしたが、ブレイザーズ在籍時の終盤からそれらが少しずつ変化。

クリッパーズに加入したこの頃には、髪を切り、髭を整え、肉を食べるようになり、ジャック・スコット(反体制的な政治活動で知られた人)との付き合いをやめ、プレスでははっきり喋るようになり…

「NBA入りした頃の自分とは別人だ」という趣旨の発言を自らするほど、人としても新しい姿を見せていました。

 

いろいろな意味で心機一転のシーズンとなるはずだったんですよね、きっと。

 

ちなみに、再び戦列を離れた直後の3月21日には、古巣ブレイザーズのチームドクターであるロバート・クックと、自身の治療に携わった整形外科を提訴。

78年夏の時点で、ウォルトンの代理人は医療過誤の訴訟を起こす予定だと話しているので、ようやく準備ができたのがこのタイミングでしたかね。

ウォルトンが問題としたとされるのは次の4点でした。

 

・骨折を診断できなかった

・不適切な薬物や注射による治療が行われた

・不適切な活動を許可した(それが怪我の悪化につながった)

・適切な診断、治療が行われなかった

 

【細かい動き】

 

①11月半ば、ボブ・キャリントンを解雇。

②その直後、82年のドラフト2巡目指名権をブレッツに出して、スティーブ・マロビッチを獲得。

③更にその直後、ジョン・オリーブを解雇。

④12月頭、ジェローム・ホワイトヘッドを解雇。

⑤1月末、マービン・バーンズと契約。

⑥2月半ば、マロビッチを解雇。

 

マロビッチはルーキーのPF(6フィート10インチ)。

ブレッツでは1試合、6分しかプレイしていませんでした。

 

クリッパーズでは解雇されるまで28試合に出場。

ほとんどの試合が限られたミニッツでしたが、ネイターが1分で退場した試合だけ40分プレイしています。

 

バーンズはこれがNBAで最後のシーズン。

契約後の25試合中20試合に出場しましたが、ミニッツは平均14.4分まで下降。

平均3.2点・3.9リバウンドに終わりました。