炭火焼鳥 仙雲のブログ -2ページ目

日本酒の歴史 3.(最終回)

最終回は江戸時代から近代までの流れを駆け足で。



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さあ江戸時代。
武士、町人の区別なく実によく酒を飲んでいる。
『守貞漫稿』によれば、天保年間初期、年に35万石、約6万3千リットルの
酒が江戸に入ったという。当時の人口が約100万人とみると一人当たり63㍑、
一升瓶で約35本。人口には子供も含まれていると考えると、相当な酒びたり
である。酒一合が蕎麦の3倍もしたが、水で割った安酒も出回り、酒屋は
ブレンダーのような役割だったそう。外飲みが始まるのもこの時代。
最初は酒屋の軒先で、次に居酒屋の原型『煮売り酒屋』が登場した。
明治、大正には文明の発展とともに酒造りも近代化され、醸造法、酵母、
酒米の開発研究が盛んに。そして昭和。戦争による米不足でアルコール添加が
増え純米酒が消える。戦後はメチル、カストリ、バクダンなど死に至ることが
あるような闇酒が横行し政府は三増酒を推奨。本来の日本酒でない酒が台等した。
戦後初、アルコール無添加の純米酒が登場するのは昭和42年。昭和47年に
淡麗辛口ブームが始まり、バブル期の純米大吟醸ブームを経て日本酒低迷。
だが地酒ブームが現在へと続いている。

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ちょっと駆け足過ぎましたが、日本酒へちょっとでも興味を持っていただければ
これ幸いです。

本日入荷の日本酒

本日入荷の日本酒です。

鍋島 

●ひやおろし Harvet Moon 
●純米酒
●山田錦
●精米歩合 65%
●日本酒度 +9

鍋島特別純米(欠品中)に比べてキレキレで、食中酒としてベストです。
鍋島生酛純米と飲み比べて頂くのもよろしいかと思います。

一杯目 → 鍋島ひやおろし
二杯目  → 鍋島生酛純米
〆の一杯 →  東一純米

このように佐賀の銘酒を固め呑みも面白いと思います。






日本酒の歴史 2.

皆さま

前回に引き続き日本酒の歴史です。


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鎌倉時代になると酒の消費量が飛躍的に増える。
幕府は飲酒が武士を堕落させ、酒の売買が浪費につながると
考えた。質実を重んじる武家政治のこと、酒を造る農家は
『穀潰し』と呼ばれ、幕府は酒売買禁止令を公布。
このとき破棄された酒甕の数、約3万7千口。以下に飲酒が
広まっていたかがわかる。しかし、酒造りを禁止しても、
酒屋を営む多くは僧侶であったゆえ禁止令はうやむやに。
ちなみに、北条時宗が『味噌を肴に酒を嗜んだ。』というが
いかにもな逸話だ。それにしても何故、僧侶が酒を造ったか
というと、大陸からの最新技術を真っ先に手に入れることが
できたことと、材料と人手が潤沢だったから。それもそのはず、
寺領から米が献納され、労働力となる修行僧たちをも多く抱えていた。
この循環が、仕込みを3回に分けてやる『3段仕込み』、
酒母の原型『菩提酛造り』、火入れ(殺菌)技術を生み出した。
神社も負けていなかった。幕府直轄の組織であり、一般の信仰も
寺院より神社のほうが厚く、伊勢講や熊野講も始まったこの時代、
そうした力を背景に、麹製造の権利を独占(麹座)したのは神社で
あった。酒は多くの利潤をもたらす。酒の実権を握るべく、神社と商人、
幕府が三つ巴になるのもこの時代。今も続く酒税制度を作ったのが
足利義満だ。金さえ払えば酒が造れるが、酒造りに欠かせない麹は
幕府直轄の神社が握っている。酒屋と寺院は麹造りをし、幕府に
麹座の廃止を求め強行突破。安土桃山になると、今日の酒造りの
完全な原型『諸白』が完成し、酒の大量生産も可能に。
太閤秀吉公が諸国の銘酒を献上させた『醍醐の花見』もこの頃だ。


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次回は江戸時代から一気に近代まで。