『オッペンハイマー』17 トリニティ8 | ヒロシマときどき放送部

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2016年広島で高校の教員を定年退職し現在は山奥のお寺の住職をしています。ヒロシマのこと、放送部顧問をしてきたことを書いてみます。

 ブッシュとコナントの覚書にも、国際機関の管理下での「科学情報の自由な国際交換」が提案されている。それは、当時開発中の原爆や、覚書の中で「超-超爆弾」と呼んでいる水爆が、アメリカにとっても極めて危険なものとなりうるからだ。

 

 このような超-超爆弾を、ロボット爆弾または誘導ミサイルの原理によって、あるいは、たとえこの可能性がないとしても、新式のレーダー装置誘導で夜間または一面に曇っているときに爆撃機から敵の目標に投下しうることを考えれば、将来の戦争では人口密集地がいかに脆いものとなるかがわかる。すべての都市と工場を地下に移すつもりか、さもなければ、敵の航空機も飛来する爆弾も、攻撃に脆い地域の上空にはいっさい進入させないという、文字どおり防空の保障があると信じないかぎり、将来、世界の人口密集地はことごとく、先に攻撃する敵の思うがままになる。(山本晃他編『資料マンハッタン計画』大月書店1993)

 

 しかし覚書では、「たぶんロシアはこの連合組織への参加に最も消極的な国である」と懸念を示す。けれど現時点ではアメリカが先行している核兵器の技術がソ連に対する圧力となるという見方をした。

 こうしたアメリカにおける軍事科学研究トップの見解をオッペンハイマーが承知していないはずはない。しかしその見解は、オッペンハイマーの尊敬するニールス・ボーアの主張とは似て非なるものだった。

 ボーアは、原爆ができるより前にソ連と戦後の原子力計画の策定を始めるべきだと考えた。原爆ができてしまえば、それはソ連に対する圧力以外の何ものでもないから、スターリンのアメリカに対する信頼を得ることはできないだろうというのだ。

 しかしアメリカの軍部などは最初から原爆をソ連に圧力をかける切り札として考えていた。ポーランド人の物理学者ジョセフ・ロートブラットは1944年3月にグローヴスと夕食を共にする機会があったが、その時グローヴスが「このプロジェクトの主たる目的が、ロシアを抑えることにあるのはわかるだろう?」と言ったのにショックを受けた。ロートブラットは愛する妻をナチスに虐殺されている。核開発がナチスと関係がないことを知った彼には、もうロスアラモスに留まる理由はなかった。

 オッペンハイマーは、グローヴスから核開発の真の目的を聞いていただろうか。共産党との関係を疑われていたオッペンハイマーには知らされなかったと思うのだが、もし知ったとしたら、彼が夢見る核の国際管理はとてつもなく困難なことに愕然としたに違いない。

 オッペンハイマーが、ドイツが負けてもなお原爆をつくるのを止めようとしなかったのはなぜか。彼を称賛し、そして非難もした科学者フリーマン・ダイソンがこう言っている。

 

 「落ち着きのなさは、彼に最高の達成をもたらした。止まって休息したり、振り返ったりすることなく、ロスアラモスのミッションを遂行した」(カイ・バード マーティン・J・シャーウィン『オッペンハイマー(中)原爆』ハヤカワ・ノンフィクション文庫2024)

 

 一度走り出したら立ち止まりも振り返りもすることなく、オッペンハイマーはただただ原爆を完成させたかった。それが、一番シンプルで素直な答えのような気がする。