ある日突然、目の前に核爆発の閃光が走ったらどうしたらよいのだろうか。政府は「閃光や火球が発生した場合には、失明するおそれがあるので見ないでください」と言うけれど、爆発前のカウントダウンなんかないのだから、閃光は見たくなくても目に飛び込んでくる。そして核ミサイルが爆発した時にはもう放射線(中性子線、ガンマ線)は体を貫いている。運を天に任せるしかない。
それでも、閃光を浴びて意識があるなら、即座に地面にうつ伏せになった方がいいだろう。閃光の直後に襲ってくる爆風を少しでも避けるために。ただ1945年の広島では、ピカッと光った途端に気を失ったという人が多いようだ。ではアラートが鳴った時からその場に伏せているべきなのだろうか。そうもいくまい。
政府はこう言っている。「とっさに遮蔽物の陰に身を隠しましょう。近隣に建物があればその中へ避難しましょう。地下施設やコンクリート建物であればより安全です」。さらに建物の中では、「できるだけ窓のない中央の部屋に移動」することも推奨している。(内閣官房『武力攻撃やテロなどから身を守るために』2005)
政府が想定しているのは巡航ミサイルではなく、長距離を飛ぶ弾道ミサイルで、アラートがなっても5分ぐらいの余裕がある場合なのだろう。しかしビルの陰に身を潜めたり、建物の中に走り込んだりして、それで果たして安心安全と言えるだろうか。
1945年時点の広島市と現在の広島市の景観は明らかに違う。今は鉄筋コンクリートのビルばかりだから核爆発による爆風でも建物の倒壊の危険性は少ないし、コンクリートは放射線の遮蔽にかなり効果がある。確かに、ビルの中に逃げ込めればその方がいいだろう。しかし、広島市の『核兵器攻撃被害想定専門部会報告書』はこう警告している。
ただし、今日の建物は、当時と比べ窓が大きく、内外壁とも軽量であり、内部には備品、商品、家財が数多くある。これらは爆風により破壊され、飛散することで凶器と化し、死傷確率をさらに高める要因となる。このため建物の堅牢化が、必ずしも死傷率の劇的な低下につながるとは言い切れないだろう。(広島市『核兵器攻撃被害想定専門部会報告書』(2007)
広島市の核兵器攻撃被害想定専門部会は、コンクリートの厚さが60cmなら原爆の中性子の透過率は0.2、100cmなら0.1と推定している。1945年の広島、当時の日銀広島支店はコンクリートの厚さが70cmもあったおかげで放射線障害が軽減された人たちがいる。しかし、現在、そんな建物がどれだけあるのだろう。
もっとも、高層ビルなら床のコンクリートの厚さが20cmでも、5階あれば合わせて十分な厚さにはなる。ビルの壁にくっついていたり低層階の部屋に入っていれば放射線を遮ってくれそうだ。でも、それで大丈夫なのか。
京都大学防災研究所教授の林春男さんは、20キロトンの原爆が空中で爆発した場合、爆心地から4.6kmまではビルのガラス窓や外壁は粉々になると推定されている(『核兵器の多方面における影響に関する調査研究』外務省2014)。ビルの陰に入って熱線や初期放射線は運よく免れたとしても、上から何が落ちてくるかわからないのが現代の都市なのだ。