人類の自殺33 「黒い雨」に打たれて4 | ヒロシマときどき放送部

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2016年広島で高校の教員を定年退職し現在は山奥のお寺の住職をしています。ヒロシマのこと、放送部顧問をしてきたことを書いてみます。

 2008年6月、長年被曝医療に携わってきた広島大学名誉教授の鎌田七男さんらが、長崎原爆資料館で開かれた原爆後障害研究会で「フォールアウトによると思われる3重癌と3つの放射線関連疾患を持つ1症例」と題した研究を発表した(長崎医学会『長崎医学会雑誌』2008)。爆心地から西に4.1km離れた現在の広島市西区高須で暮らしていた当時29歳の女性の症例だ。

 この女性は次男を出産した3日後に原爆に遭っている。出産直後で屋内にいたから「黒い雨」を直接浴びてはいないが、その後2週間、近くで採れた野菜を食べ井戸の水を飲んだという。

 女性は60歳になって骨粗しょう症になり、68歳で卵巣のう腫、82歳になると肺がんと胃がん、84歳で大腸がん、86歳で白血病の前段階の骨髄異形成症候群、そして87歳に甲状腺機能低下症を患った。

 女性の肺がん、胃がん、大腸がんは転移してできたものでなく、全身が放射線に被曝して遺伝子が傷ついたために起きる「多重がん」と診断された。鎌田さんらは、染色体異常率などから、「黒い雨」によるこの女性の内部被曝は、爆心地から1.5km地点での直接被爆に匹敵すると推定した。

 そして2015年になって鎌田さんら広島大学と長崎大学の研究グループは、この女性の肺がんの組織からアルファ線の飛跡を確認した。女性の肺組織にウラン235が残存し、被爆から70年経ってもなお放射線を出し続けていることを示す飛跡だった。

 鎌田さんは、「この女性は直接被爆も入市被爆もしておらず、多重がんには内部被曝が関係している可能性が高い。軽視されがちな内部被曝の証拠をつかめた意義は大きい」と語っている。(「中国新聞」 2015.6.9)

 2020年11月からの広島高裁での控訴審で、原告団はこうした新たな研究成果をもとに、「放射性微粒子1個で内部被曝するだけで、可能性としては、身体に原爆の放射能の影響を受ける事情が出現することになる」と訴えた。

 2021年7月14日、控訴審判決。広島高裁は地裁判決に続いて、「黒い雨」を浴びた人たちを被爆者と認めた。判決文の中には次のような記述がある。

 

 …黒い雨に放射性降下物が含まれていた可能性があったことから、たとえ黒い雨に打たれていなくても、空気中に滞留する放射性微粒子を吸引したり、地上に到達した放射性微粒子が混入した飲料水・井戸水を飲んだり、地上に到達した放射性微粒子が付着した野菜を摂取したりして、放射性微粒子を体内に取り込むことで、内部被曝による健康被害を受ける可能性があるものであった…(「広島高裁判決」2021.7.14)

 

 裁判官は、「黒い雨」による内部被曝と、それによる健康被害がありうることを認め、「黒い雨」に遭った人たちは「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができないものであった」として、「被爆者援護法」により被爆者として認定されるべきだとしたのだ。

 私の父や母もそうだが、被爆者は原爆に遭ったから被爆者なのだ。何か特別な病気にかかったとかでないと被爆者として認定されないというものではない。「黒い雨」に遭ったということは原爆に遭ったということ。そのことが、被爆から76年目にしてようやく認められたのだった。