4月21日に行われた奥熊野いだ天ウルトラマラソンの個人振り返りです。レースから6日経過して、筋肉疲労はほぼないのだが、疲労感が拭いきれず、まだ再始動はできずにいる。結果に対してハッピーではないので、早々に修行再開したいのだが、うまくいかないです。

 

 私のラップはこう。昨年と比べると後半がさっぱり。

 

 

~ 5キロ 2943                (去年よりは前掛かりで発進)
~10キロ 3029 10013   (濡れた路面に足が滑り、走りにくい)
~15キロ 2712 12724   (下りで誰でもラップを稼げる区間) 
~20キロ 2718 15442   (同じく) 
~25キロ 2929 22411   (まぁ順調)
~30キロ 3455 25906   (29キロのエイドで預けていた荷物が直ぐに出てこなくてタイムロス)
~35キロ 3137 25906   (蒸し暑さを感じ始める)
~40キロ 3401 40444   (以前は登り認識をしていなかった区間の登りを実感) 
~45キロ 4351 44835   (サブ10で走った年、この区間を33分台でクリアしたらしいが) 
~50キロ 3011 51846   (下りだが、次の坂を考慮して抜き加減/頑張ったつもりでも登りを走れず、50キロ地点では去年より遅い)
~55キロ 3918 55804   (登りが続く) 
~60キロ 3814 63618   (折り返し前後。他のランナーとの距離が分かる)
~65キロ 3437 71055   (下りで結構足が持っていると実感、但しタイムはイマイチ。上がってくるランナーさん達には元気にエールを送れている。瞬間『とてもいい人』)

 
~70キロ 3412 74508    (雨が本格化、足裏に激痛が)
~75キロ 3854 82402    (遅い)
~80キロ 4439 90841    (ものすごく遅い)
~85キロ 4132 95012    (12時間越えの心配が・・・) 
~90キロ 4814 103826   (ひどいラップですね)
~95キロ 4120 111947    (抜かれまくる)
~ゴール  3557 115544    (強雨・・・まぁ頑張ったか)

 

「コンディション」

 速報でも書いたように、日曜日の南紀は本当に厳しい天気だった。今年は75キロから5キロ40分超過のラップが4連続で出現したのだが、明らかに降雨の影響である。下記のアメダス実績によると、近くの新宮では13時以降時間降雨量が2ミリになっている・・・それはしんどいよ~ 去年の5キロ40分越えは85キロから2回だけ、ラップ単体も今年よりもマシだった。気温は18度くらいはあっても、身体の冷えは尋常ではなく、ぐしょぐしょの路面故シューズは水を吸い切り、足裏の皮がふやけて(終了後足裏を確認すると畑の畝みたいになっていた)、この「畝」がシューズとぶつかったか痛くて仕方がない。レース中はそういうことは分からないので、足指の骨が異常を起こしたのではないかと思うくらい。中足骨の自己主張もすごいと感じたし(実際は中足骨ではなくその辺りの皮膚)、足底筋膜炎も起こしたのではないかと疑うくらいで、一歩一歩が辛いのなんの。まさに『拷問』なのだが、これを好んでやっている自分は何なんだ?と思ってしまった。

 

 

 対策を講じられたかどうかだが、足裏については対策の打ちようがない。雨についてはウィンドシェルを仕込んでおけばよかった、ということになるのだろうが、前半は蒸し暑さもあり、結構な発汗をしていた。過去、雨中のレースでも体が動いていれば冷気はそこまでこなかったという自覚があるので、軽視していた。次回以降、同様の予報の時はウィンドシェルを仕込むことにする。

 

※昨年と今年の結果を比較すると、完走率が全体で80%→76%と悪化している。もっと悪化していただろうと想像していたが、皆さん頑張ったようだ。

 

「苦い結果」

 毎年感じているのだが、坂への対応力減退がきつい。下のコース図でいうと35キロ(65キロスタート地点と表記)から40キロまで1%程度の登りになるが、この程度の坂を2015、16、18年の参加時は「坂」と認識していなかった。弱くなったので、坂と認識するに至ったということだろう。レース中も37キロくらいだったと記憶しているが、別のランナーさんに「坂がきついですね」と話しかけられ、「以前はこのくらいの坂は気にならなかったんだけどな~」と返すと「他のランナーさんもそんなことを言っていました」とのこと。私だけの現象ではないようで、同一大会複数回参加者の場合、初期に全盛期を感じ、その後は自己の衰退と折り合いをつけるしかなくなる。それを「味」と感じるかは、ご本人の考え方次第なのだが、私には「苦味」になっている。

 

 

 今年はレースプロセスを総覧するよりも印象的な出来事やランナーを紹介することにしたい。

 

「路面状況:悪い」

・走り始め、雨に濡れた路面が滑ること。シューズがだめなのか?と後程調べると『舗装道路では、雨が降ると表面のほこりがオイル状になり、ちょうど路面に油をひいたような状態になるためスリップしやすい』との解明があった。実際、路面には白い泡が浮いていたもの。おかげで変に足を使うことになった。

 

「ランナー様々」

・例年以上に遅いせいか、前後にランナーさん達を見かける時間帯が多かった。お話しすることも随分あった。この大会はゼッケンの数字の少ない人ほど完走歴の多いことになるので、レース中に訊かれることもあったのだろうと想像する。

・毎回仮装出場の『カトルス星人』さん。優勝の実績もお持ちの強豪ランナー。音楽CATSUどう? (fc2.com)

 今年も出場で昨年同様乳母車を押していた。乗車のお子さんも大変だろう。抜かされたのに、暫くすると後方から出現するのは恐らくお子さんのケアがあってのことだろうか。激坂も乳母車を押していく姿には「すごいですね」というしかない。その彼でも終盤まで私の近くにいたので、この雨は辛かっただろう。

・去年も見かけた「手提げ」のランナーさん。まだ若いし私よりは速いはずで、今年も序盤で抜かされてそれっきりだったと思うのだが、60キロ手前の折り返しでは見かけた。また以前のカテゴリー2の優勝者の方も同様の場所で見かけた。ということは、苦戦をしていたのは私だけではないということか? 大会結果速報が出ているので確認したところ、この方は後半大崩れしたようで、仕上がりは12時間半超過。。。他に名前を知っているランナーを探したところ、以前、私と近接したタイム(=サブ10狙い)を叩き出していた女性の名前を2人、見つけた。ひとりは11時間前半と善戦、もうひとりは私と大同小異。。。。しかし私も含めて8年前に比べて大幅にタイムが悪化している。

 

  。・゜・(ノД`)・゜・。  ゜(゜´Д`゜)゜。 うわわぁ~ん

 

  みんな、加齢で遅くなっているのね・・・

 

・初参加と思われるランナーさんにGPSの表示の精度を途中で訊かれた。大会側の距離表示が少々おかしいし、山の中の計測誤差もあるみたいで、仕上がりは95キロになることが多いよ、と説明すると安心していた。なお今回の私の時計は96.6キロを表示していた。

・雨をタイム悪化の理由にしたいところだが、去年の私のタイムだと今年も概ね同じ順位である。つまり雨はタイム悪化の理由にはならないか。

・65キロの部で高知からご参加の高齢ランナーを発見。どういうルートで現地まで来るのか訊いたところ、「電車です。岐阜まで来てから乗り換えします。』と謎の回答。高知からだとフェリーかなと思ったのだが、大阪方面のフェリーはないみたい。(徳島からならあるのだろうが)

・私は激坂以外は通しで走ったのだが、前方の徒歩ランナーとの距離がなかなか詰まらない。80キロ手前で並走していた女性ランナーにそう話すと受けた。この方は終盤で速度が上がって、仕上がりは私より6分程速かった。

・スタート地点で、手をつなぐカップルランナーズを見かけた。ハーフ、フル、トレラン、ウルトラを通して、こういう光景を初めて見かけた。無事、完走しただろうか? 速報結果をみると、男性が女性より2時間速くゴールしているみたい。。。。(* ̄- ̄)ふ~ん レースはレースですか。。。

 

「激篤エイド」

・去年、巫女さんコスプレの女性ボランティアがいた11番/21番エイド、今年は若い外国人女性が担当していた。とにかくきれいな女性を張り付けることになっているのだろうか。一瞬の元気をもらえる。

・15番の鹿肉エイドは健在。またコロナ前同様に10番/22番エイドと13番エイドではビールの提供があった。サブ10で走った2016年は全制覇したが、今年は22番の1回だけに留める。食欲はあったのでビールによる活性化を欲しなかったようだ。

・この大会もボランティア確保が難しくて存続が危ぶまれているという話を大会翌日に駅前の足湯で聴いた。そういう事情があるのであれば、エイド数を減らしていただいても構わないと思う。

 

「ゴール後送迎」

・ゴール後、希望する場所までタクシー送迎をしていただけるのだが、雨を予想してかシートにビニールカバーがついている。気兼ねなく乗車できた。(私は念のため着替えて乗車したが) 例年、味わっているゴール後給食は楽しまず、ホテルでの入浴を急いだ。

 

「晩御飯に苦労」

・身体が冷え切っていて、入浴で一息。しかし、却って疲労感が表面化して動く気になれない。食事をしないとな・・・と19時40分くらいに移動を始め、19時50分頃に目当ての食事処数軒を当たってみるが、「既に閉店」「もうすぐ閉店です」「休業?」という状況でどこにも入れない。いずれも大会参加者優待店の指定を受けているのだが。。。。ダメですか。結局コンビニに行くしかない。これまではゴール時刻が手前だったので、入りたいお店が全滅ということもなかったが、少し遅いだけでこうなるのか。観光地あるあるだが、仕上がりタイムが13時間超過のランナー達はもしかするとコンビニ飯しか夕食がないかも?ということになるか。この人達はゴール後給食を全力でいただくべき。でないと町に1件しかないファミマのお世話になることになる。翌朝、駅まで移動すると昨晩20時段階で閉店していた和歌山ラーメン、目張り寿司の幟のあるお店に「火曜日定休、営業時間は23時まで」と記載のある看板が出ていた。『でも、こちら、昨日の夜、閉まっていたよね?』 謎だ。

 

「朝は大丈夫」

・月曜日の朝は優待店の喫茶店でモーニングをいただく。勝浦では夕食は困るが朝食は喫茶店が若干、開いていて困ることはない。昭和風情のあるいい感じで、こちらでは到着の土曜日もランチをいただいた。

 

『東洋亭』 駅直ぐです。

 

 

 到着した土曜日にいただいた『まぐろフレークサンド』 

 

 

※土曜日の夜は『まぐろ那智』でいただいた。右側のまぐろ南蛮は参加者特典。

 

 

「観光編」

 往路の紀勢線は順調(去年は新幹線遅延で乗り換えに失敗)

 

  

 
 今年は那智山、滝は見切り、紀伊松島周遊船を選択。途中で那智の滝を遠望できたし、トビウオを初めて目撃した。
 

 

 港にある飲食施設。外国人観光客が多かった。旧市街の消費を吸い取っている感じもした。
 

 

「完走証」
 
 来年はどうするかなぁ。。。22年の秋田が10時間57分、去年の奥熊野が11時間27分、今年が11時間55分と30分ずつ悪化しているので、来年は12時間超過か。。。劣化傾向にも関わらず、今年は9月に秋田、10月によりにもよって壱岐を申し込んでしまった。秋田は18時半のANAで帰京するつもりだが、このまま劣化が進むとフライトに間に合わないかもしれない。帰宅時間が大幅に遅くなるが、秋田新幹線か夜行バス利用を考える方がいいかもしれない。来年の奥熊野は今年のウルトラの戦績を評価してから参加不参加を決めよう。登坂能力の劣化がひどいので、今年は8月一杯は山登りの回数を増やしたい。
 
 65歳になると80キロの部の参加資格が生じるので、その年齢になるのを待つのはありかなぁ。またそろそろ65キロの部に引っ越すのもありなのだろうが、それなりの旅費をかけて65キロというのもどうなのよ?と思うところはある。ただ65キロの部であれば流石に当日の17時過ぎの特急で東京に即日帰れるかもしれないなぁ。。。今シーズンはあれこれ考えましょう。