人間関係にモヤモヤしてしまう脳と心をスッキリ!コミュニケーションシフト・秘密のタッピング瞑想 -5ページ目

人間関係にモヤモヤしてしまう脳と心をスッキリ!コミュニケーションシフト・秘密のタッピング瞑想

自分とつながる・相手とつながる・すべてとつながる
人付き合いのしんどさを超えていくための、コミュニケーションスタイルをアップデートする新たな知恵を学ぶ

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今日も一日、ほんとうにお疲れさま!

まずは、ぜひ、ご自身にやさしく温かな声掛けをしてみてくださいネ。

 

あなたの内側にいるあなた自身が、きっと喜んでくれるはずです^^

 

+++++++++++++++

 

悩み続ける脳と心を完全クリア!

しあわせになれる言葉の専門家

にしむら浩子です。

 

 

心をゆるませるのが

得意なので

ここゆるさんと呼ばれています。

 

 

ステージが進んでいただけでなく、リンパ転移までしていた乳がんが治療中に

父の急死を迎えた私。

 

 

万事休すってこういうこというんだな~と

 

 

 

もう、まな板の鯉になるしかありませんでした。

 

 

抗がん剤中って、髪の毛は抜けるわ

味覚障害で食べ物の味はしなくなるわ

寝ても覚めてもしんどいわ

身体は、ずっと冷えてて寒くて寒くて・・・・

 

 

で、もうどうすることもできなかったんです。

 

 

 

そして、次第に病気を引き寄せたのは自分だな、と気が付いていきました。

 

 

なぜなら、私はずっと心の中で

休みたい、休みたい、休みたいよーーーーーと

 

 

強く思っていたからです。

 

 

何にもできない私は

 

文字通り、休むしかなくなっていたんです。

 

 

 

一番の気がかりだった母の介護も

 

 

奇跡的に特養に入居できるようになり

 

 

宇宙の采配と、仲間たちにはお世話になりっぱなしになるしかありませんでした。

 

 

 

そう・・・・・

 

ここで私は本当の他力、とか、ゆだねる、とか任せることを

やっとハラ落ちできたほど

 

 

自力の頑張りを手放すことができない48年間だったんだなぁと思い知りました。

 

 

 

だからこそ、今、受講生さん達に1人で頑張らなくていい、

 

しんどかったら早めに助けてもらっていいんだ、ということを

 

伝えることができています。

 

受講生さん達は、そのことを言っているときの

浩子さんて、ほんと迫力あるわ~

ちょっと怖いくらいだな~

との

 

 

お褒め(イヤ違いますね(笑)の言葉をいただいています。

 

 

 

そして、手術後リハビリまで含めた

長く苦しい治療が終わり

 

 

私の人生大改革が始まっていきます。

 

まずは、ヒーリングとは真逆なことを始めることにしました。

 

 

 

長くなってきたので、今日はこのあたりで終わりますね。

 

 

これは、

子どものころから、ずっと生きづらさを感じていたのに

それを誰にも言えずに

 

ずっと、周りに合わせて

平気そうなフリをして

 

周りの意見や雰囲気を感じ取って

周りに合わせてきた私が

 

 

生きてるって本当にいいもんだな~

生まれてきて、本当によかったな~

 

 

と思えるようになり

 

 

自分らしいシアワセを感じながら、

 

豊かさを味わい、

 

楽しみながら生きていけるようになっていったストーリー。

 

 

今日も最後までお読みくださり、ありがとうございます^^

 

 

明日もまたお会いしましょう。

 

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心をゆるませるのが

得意なので

ここゆるさんと呼ばれています。

さて。

ステージの進んだ乳がんがわかった私。

 

 

心の奥底では

結構投げやりな気分でした。

 

 

それまで介護に頑張りすぎていましたから

 

もう1グラムだって頑張れないよ・・・・

そんな気持ちでいっぱいだったのです。

 

 

ステージが進んでいただけでなく

リンパ転移までしていたのでなおさらでした。

 

 

もうどうにでもなってくれ、

 

すっかりやさぐれてしまっていた私でしたが

ヒーラー仲間や師匠はとことんやさしかったんです。

 

 

なかでも、ヒーリングスクールで出会った

魂友は、抗がん剤治療の送り迎えまでしてくれたほど

 

 

親身にサポートしてくれました。

 

 

そして、少しだけ気持ちが前向きになった私に

 

さらなる不幸が舞い降ります。

 

父の急死です。

 

 

 

これには本当に参りました。

 

私の人生ストーリーの中では

 

母を看取るまで

父と共に何とか頑張る!という設定になっていたからです。

 

 

 

その時の私は、まるで父に裏切られたような気持ちでいっぱいになってしまいました。

 

 

今考えたら、その時、父は80代。

私以上につかれていたのでしょう。

 

 

少し体調を崩したからと入院後、あっけない死でした。

 

 

 

抗がん剤中に父のお葬式を済ませた私。

 

 

気力も体力もゼロになっていまい

これから私はどうなるんだろう???

 

 

私が今まで頑張ってきたことは何だったんだろう?

 

なぜ、こんなにも報われない人生なのだろうか?

 

 

と絶望しきっていました。

 

 

けれど、そんな自暴自棄な私を

仲間は見捨てずに

応援し続けてくれました。

 

 

 

今も、当時を思い出すと

じんわり涙ぐんでしまうほど

その温かさをリアルに思い出すことが出来ます。

 

 

長くなってしまったので、今日はこの辺で。

 

 

 

これは、

子どものころから、ずっと生きづらさを感じていたのに

それを誰にも言えずに

 

ずっと、周りに合わせて

平気そうなフリをして

 

周りの意見や雰囲気を感じ取って

周りに合わせてきた私が

 

 

生きてるって本当にいいもんだな~

生まれてきて、本当によかったな~

 

 

と思えるようになり

 

 

自分らしいシアワセを感じながら、

 

豊かさを味わい、

 

楽しみながら生きていけるようになっていったストーリー。

 

 

今日も最後までお読みくださり、ありがとうございます^ ^

 

 

明日もまたお会いしましょう。

 

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心をゆるませるのが

得意なので

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脳梗塞で左半身麻痺になった母。

 

サポートしながら

かわいそうでならなくなってしまった私。

 

今振り返ると、かなりがっつりと共依存にはまっていたことがわかります。

 

 

けれど、当時はそれに気が付かず、

母の気持ちが楽になるならなんでもするからね!

 

そんなモードで

サポートに過集中していきます。

 

 

そんな私を見て

ヒーリングのクライアントさんたちは

 

ひろこさんって、本当に天使みたいだね

 

とか

 

母の友人たちも、

 

娘の鑑!

お母さんは、孝行娘をもってい本当にしあわせ!と大絶賛!

 

 

その声に励まされ

ますます責任を背負い込んでしまっていた自分・・・・

 

 

時に重要な医療的な決断を、父の代わりにしなくてはならなかったのも

本当につらかった。

 

昔はとっても支配的な父が

すっかり気弱になってしまったことも

複雑な気持ちでいっぱいでした。

 

 

 

とにかく命にかかわるような重大なことを

次々に決定しなければならないプレッシャーにも押しつぶされそうになっていました。

 

 

自分のイエスとノーで決まる、母親の命。

 

もう、疲労困憊でした。

 

 

けれど、いい娘を手放すことが出来なかった。

 

というか、

 

サポートしない

という選択肢が自分の中には存在していなかった。

 

 

やるのが当然、

やらなきゃいけないこと

 

 

選択肢なんて、全くありませんでした。

 

 

そして、

脳梗塞発病から4年くらい経ったころ、

 

母が敗血症で緊急搬送されました。

 

敗血症は若い人でも命を落としてしまうことが多い症状です。

 

これまで、何度も不死鳥のようによみがえってきていた母も

 

今回だけはもう、無理かもしれない・・・・

 

 

病院に寝泊まりしながら、緊張がマックスだった時、

 

自分の胸にしこりがあることに気が付きました。

 

 

ガンかも・・・・と一瞬よぎったのですが

今ココで、病院に行って診断が下りても

 

 

私がいなければ、母はどうなるんだろう?

 

今は、病院にはいけない・・・・・

 

 

 

そう勘違いしてしまっていたほど

 

私は共依存にどっぷりはまってしまっていました。

 

 

 

けれど、その時も自分の考え方がおかしなことになってしまっていることに

 

気が付けませんでした。

 

 

その後、生死をさまよう敗血症をなんとか、乗り越えた母。

 

 

ホッとしたとき、明らかに胸のしこりは大きくなることに気が付いたわたし。

 

いよいよ、病院にいかなくちゃと、診察に向かいました。

 

 

検査の結果、最悪なことと向き合わないければならない状態でした。

 

ステージが進んでいた乳がんでした。

 

 

長くなったので

今日はこの辺で。

 

 

 

これは、

子どものころから、ずっと生きづらさを感じていたのに

それを誰にも言えずに

 

ずっと、周りに合わせて

平気そうなフリをして

 

周りの意見や雰囲気を感じ取って

周りに合わせてきた私が

 

 

生きてるって本当にいいもんだな~

生まれてきて、本当によかったな~

 

 

と思えるようになり

 

 

自分らしいシアワセを感じながら、

 

豊かさを味わい、

 

楽しみながら生きていけるようになっていったストーリー。

 

 

今日も最後までお読みくださり、ありがとうございます^ ^

 

 

明日もまたお会いしましょう。

 

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さて。

ある日突然、脳梗塞によって左半身麻痺になってしまった母。

 

左半身麻痺、ということは右脳が(レントゲン画像では)真っ白になって何もない状態でした。

 

 

右脳は、ご存じのように、

思いやりや優しさ、想像力などを司っています。

 

空気を読むとか、人の気持ちをおもんばかるなどのことも

右脳の働きです。

 

 

それが一切機能しなくなる・・・・

 

 

それは想像を絶することでした。

 

 

人間にとって、左脳的な思考力も大切ですが

目には見えない優しさは人にとってとても大切な要素です。

 

 

母は、どんどん意地悪になっていきました。

 

いったいこれは誰なんだ???

と目を疑うほどに・・・・・

 

 

もちろん、母の苦悩も想像に難くないことでした。

 

あるとき、頭がギュッと痛くなって、気を失って

目が覚めたら、左半身になっていた・・・・・

 

 

それはどれほどショックだったことでしょうか・・・・

 

 

体感としては、左半分が崖のように何もないまっくらだと

整体師さんから、その後聞いたときも涙が出ました。

 

 

そのショックが大きすぎて

毎日死にたいと言い続けます。

 

 

それを慰めたり、違った見方を促したり。

 

いろんなことをしましたが、全く変わらず

「死にたい」と言い続ける日々・・・・・

 

 

そうかと思うと、自分の身の回りにあるものすべてを

右手で投げしまう・・・・

 

 

御飯もいや、飲み物もいや、おむつも嫌、

と泣き叫びます。

 

 

どうしたいいのかもう・・・・

わかりませんでした。

 

 

いろんな人にサポートしてもらって

少しずつ、いい方向に進めるかも?と希望を感じるも

 

 

またほかの病気を併発させて、入退院を繰り返す。

 

 

そのたびに、こころがちぎれる思いでした。

 

 

そんな日々が続く中、また更なる事件が私を襲います。

 

 

 

人生のある時期、

問題が、一気に出てきてしまう時期があるんですよね。

 

 

それでは、今日は長くなったので

この辺で。

 

 

これは、

子どものころから、ずっと生きづらさを感じていたのに

それを誰にも言えずに

 

ずっと、周りに合わせて

平気そうなフリをして

 

周りの意見や雰囲気を感じ取って

周りに合わせてきた私が

 

 

生きてるって本当にいいもんだな~

生まれてきて、本当によかったな~

 

 

と思えるようになり

 

 

 

自分らしいシアワセを感じながら、

 

豊かさを味わい、

 

楽しみながら生きていけるようになっていったストーリー。

 

 

今日も最後までお読みくださり、ありがとうございます^ ^

 

 

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心をゆるませるのが得意なので

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さて。

 

ヒーラーとして、収入面では課題大だったものの

生きづらかった毎日が、

めきめき改善されていっていきました。

 

 

 

幼い時から、機嫌のいい時と悪い時のコントラストがひどすぎて

ずっと神経が休まらなかった母の機嫌が

 

 

どんどん安定していったり

父と母の仲もいい感じにキープされるようになったりと

 

 

 

幼い時から頭を悩ませてきた

「お母さん、何にも頑張らなくていいから、とにかく機嫌よくいて!」という

 

健気で幼い自分が望んでいた状況が、どんどん現実化していったのです。

 

 

 

 

 

そんな中、ある日、突然、母が脳梗塞で倒れます。

 

 

青天の霹靂でした。

あんなにも、何もかもよくなっていってたのに・・・・・・

 

 

 

 

茫然自失とはまさにこういうことを言うのだな・・・・

 

遠くの一点をじぃーーーーーーと見つめながら

立ちあがれなくなった時、そう思いました。

 

 

 

 

その時は、いくら考えても答えの出ない

なぜ、なぜ、なぜ、なぜ??????????

 

 

 

 

が、ずっと頭の中をぐるぐる駆け巡っていました。

 

いろいろあんなに、うまく行っていたのに!

 

これまで、懸命に家族一人一人のメンタルが

良くなって、キープされていたのに!!!

 

 

 

 

目が覚めた母は、左半身まひになっていました。

 

 

その後、心筋梗塞も併発し

 

 

一時期は命も危ぶまれましたが

なんとか、一命をとりとめます。

 

 

 

それは、ほんとうに何よりもうれしいことでしたが

同時に地獄の始まりでもありました。

 

 

 

 

要介護5の家族をサポートすること。

それは、生半可な気持ちでできることではありませんでした。

 

 

 

 

それでは、今日は長くなったので

この辺で。

 

 

 

これは、

子どものころから、ずっと生きづらさを感じていたのに

それを誰にも言えずに

 

ずっと、周りに合わせて

平気そうなフリをして

 

周りの意見や雰囲気を感じ取って

周りに合わせてきた私が

 

 

生きてるって本当にいいもんだな~

生まれてきて、本当によかったな~

 

 

と思えるようになり

 

 

ホンモノの自信を取り戻し

 

自分らしいシアワセを感じながら、

 

豊かさを味わい、

 

楽しみながら生きていけるようになっていったストーリー。

 

 

 

 

今日も最後までお読みくださり、ありがとうございます^ ^

 

 

 

明日もまたお会いしましょう。