加えて、楽曲の歌詞が革新的である。「つけまつける」に見られる日本語の使い方が斬新であることは言うまでもないが、歌詞の世界の広がりという意味において新しいパラダイムを構築したのではなかろうか。


中田ヤスタカは作詞も手掛けているが、それはきゃりーとの対話の中で生まれたものであることが知られている。「きゃりー語」なるものがあり、「しょこたん語」ほどは体系化されていないようだが、独創性に富んだ言葉を生み出している。その一つが「ウェイウェイ」である(楽しいときやテンションの上昇を表すとのこと)。これは「PONPONPON」の中で「WAYWAY 空けて あたしの道を」と歌われることになる。きゃりー語が歌詞に効果的に使われた好例だろう。高校生が好んで行うような言葉遊びを巧みに歌詞に取り入れ、覚えやすく口ずさみやすい楽曲に昇華させたところは、ヤスタカの稀有な才能だろう。


新しいパラダイムという意味では、扱うテーマも従来のポップスの詩とは一線を画している。


通常、ポップスのテーマには恋愛が用いられるが、これまで恋愛はきゃりーの楽曲の中では中心的な位置を占めてこなかった(「好きすぎてキレそう」や「にんじゃりばんばん」という例外はある)。たとえ恋愛を歌ったとしても、それは周辺的、間接的な位置づけであった。むしろ自由の希求(「ファッションモンスター」)や二十歳になるとか(「ふりそでーしょん」)、竹下通りに友だちに会いに行くといった(「ぎりぎりセーフ」)、きゃりーを特徴づける(とヤスタカが考えた)様々なテーマを題材としてきた。「チェリーボンボン」も子供の頃を懐かしく振り返る曲である。


きゃりーの楽曲には、ポップスにありがちな「愛してる」「行かないで」といった台詞が無理に登場することはほとんどない。


元々、ポップスの歌詞はあってないようなもので、楽曲の世界観を演出するための小道具ぐらいの位置付けではなかっただろうか。ブラジルのボサノヴァは特にその傾向が強い。ボサノヴァの歌詞の大半が恋愛であるが、すべてはリオ南部の空気を表現するためであって、言い換えれば歌詞の中身は二の次である。それに比べると、きゃりーの楽曲の歌詞は、逆説的に意味深い。つけまつげ(「つけまつける」)やアルバイト(「きゃりーANAN」)さえも詩的表現の対象になるのだから。