シヴァ神、牛に乗った神様です
師匠:
「さぁ、今回は、
シヴァ神とのつながりをアチューンメントします。
シヴァは、とても優しく、
奥さんであるパールバティと仲良しです。
今でこそ神様として祀られていますが、
肉体を持って生きていたこともあります。
だから、私たち人間の世界のことを
よく理解してくれているのです。
そして、
シヴァ神の乗り物は牛なんですよ。」
このように説明してから、
エネルギーワークの師匠は、
シヴァ神のアチューンメントをしてくれた。
師匠:
「でも、今日はおかしいですねぇ・・・。
普段の説明では、
『乗り物は牛』
なんて言ったことがないのですが。」
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アチューンメントの後、
続けて誘導瞑想を行なった。
私:
「あのぉ、何だか分からないのですが、
『冠、冠』
という言葉が浮かんでくるのです。
もしかしたら、
『牛に冠を用意して欲しい』
ということかも知れないです。」
シヴァ神のつながりを確かめようと
誘導瞑想していた私には、
「牛」
というキーワードは、
魂のつながりを感じざるを得なかった。
それくらい「牛」については、
思い起こせば多くの縁があった。
・畜産学科だった学生時代、
研究室での私の役職は「牛班の班長」。
・大学を卒業して就職した会社は乳業メーカー。
・最初の勤務地は地方の乳業工場で、寮住まい。
その工場の名前は「小牛田工場」で、
その寮があった住所は「大字牛飼字牛飼」。
・現住所の向島を管轄する神社は、牛嶋神社。
シヴァ神とのつながりを得て、
さらに多様な「魂の歴史」を思い出しそうです。
Smart Spiritual is My life.
「厄年」から抜け出すために その2
「厄年」について、続きです。
トート神やマーリンならば、
きっとこんな風にメッセージをくれるでしょう。
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厄年は、
「それを認識するために設定されたもの」
である。
そうでなければ、
ずーっと延々と自分の習慣を続けてしまうからだ。
良くないことの習慣を、
自分がどうなるのかに気が付かないまま、
そのまま延々と続けてしまうのだ。
だから、
一時のまとめとして、
それまでの自分の生き方を振り返るために
あえて意識付けをしているまでのこと。
決して、
厄年だからといって、
疫病神が付いて災いを起こすものではない。
自分の原因を表面化させ、
自分にとって一番判り易いパターンで目の前に写してくれる。
「厄年」とは
そういう
「自己反省を促すための装置」
なのだ。
ある意味、
「決算棚卸し」、
「在庫一掃閉店セール」
みたいなものだ。
それをやることで、
「それまでのことを一掃してやり直す」
くらいの勢いだし、そういう意味合いだ。
そのことを
「厄年」=「災いが起こる」
と解釈されている現在。
これはどういうことかと言えば、
「どれだけ、
ネガティブなエネルギーを発散させている人が多いか」
ということに他ならない。
お前の師は言っているだろう?
「人間は、基本的にネガティブな生き物だ」、と。
この言葉の意味も、
「厄年」=「災いが起こる」
と広まっていることから考えれば、
自然に納得できるだろう。
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「厄年」から抜け出すために
「厄年」
新しい年を迎えるこの時期は、
この言葉を耳にする機会がめっきり多くなります。
「私は今年、厄年なんですけど・・・」
「何だか大変なことばかり起こると思ったら、厄年だった」
「大きなケガをしたので調べてみたら、やっぱり厄年」
などなど・・・。
「厄年」=「災いが起こる年」
大勢の人たちの意識の中に、
すっかり、
このように刷り込まれてしまっています。
「厄払い」や「厄除け」に、
お祓いを受けたりすることもめずらしくありません。
本当に、
日本に住むすべての人たちは、
ある年齢になると一斉に「災いを被る」のでしょうか?
・・・。
落ち着いて考えてみると、
「ホントかよ?」
と思うのは、私だけではないはずです。
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その「厄年」ですが、
以前、
私にセッションしてくれたスピリチュアル・カウンセラーは、
次のように言っていたことを思い出します。
「厄年は、
いわゆる『体力の節目の時期』と考えた方がいいです。
昔から、
『このくらいの年齢は体力的に節目の時期なので、
注意して過ごしなさい』
と伝えられてきたことなのです。
この厄年までに自分がしてきたことが、
厄年を境にして、一気に表面化してきたりする。
だから、
厄年までに良いことを積み重ねてきた人は、
厄年になってますます発展したりします。
これは、世間で言われていることとは逆ですが、
実際に、
厄年といっても順調な人たちもいるのです。
それとは反対に、
厄年までに良くないことが溜まっていたらどうなるか?
やはりそうなると、
決して喜べない事態が起こってくるでしょう。」
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厄年とは、
●自分のこれまでの生き方や過ごし方の結果が評価される年
こう言い換えることも、
できるかも知れません。
そして、さらに言うなら、
●積み重ねてきたものごとの結果が、
自分にとって不都合なものだった場合の、
「自分以外のもののせいにする時に使う言葉」、
それが厄年。
「厄年」のせいにして、
自分のことを省みずに過ごすことは簡単でしょう。
これは極端に言うなら、
「自分が人を殺したのは、
その瞬間、悪魔が自分に乗り移ったからだ。
だから私は悪くない。」
と主張している外国の殺人犯と同じ。
「厄年」から抜け出すには、
このような認識を持つことが有効です。
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