五行チャネラーな推命師☆千風の覚醒四柱推命 -122ページ目

シヴァ神、牛に乗った神様です

師匠:
「さぁ、今回は、
 シヴァ神とのつながりをアチューンメントします。
 シヴァは、とても優しく、
 奥さんであるパールバティと仲良しです。
 
 今でこそ神様として祀られていますが、
 肉体を持って生きていたこともあります。
 だから、私たち人間の世界のことを
 よく理解してくれているのです。
 
 そして、
 シヴァ神の乗り物は牛なんですよ。


このように説明してから、
エネルギーワークの師匠は、
シヴァ神のアチューンメントをしてくれた。


師匠:
「でも、今日はおかしいですねぇ・・・。
 普段の説明では、
 『乗り物は牛』
 なんて言ったことがないのですが。」


五行チャネラーな推命師☆千風のアセンション四柱推命-shiva nandi


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アチューンメントの後、
続けて誘導瞑想を行なった。


私:
「あのぉ、何だか分からないのですが、
 『冠、冠』
 という言葉が浮かんでくるのです。
 
 もしかしたら、
 『牛に冠を用意して欲しい』
 ということかも知れないです。」


シヴァ神のつながりを確かめようと
誘導瞑想していた私には、
「牛」
というキーワードは、
魂のつながりを感じざるを得なかった。


それくらい「牛」については、
思い起こせば多くの縁があった。


・畜産学科だった学生時代、
 研究室での私の役職は「班の班長」。
・大学を卒業して就職した会社は乳業メーカー。
・最初の勤務地は地方の乳業工場で、寮住まい。
 その工場の名前は「小田工場」で、
 その寮があった住所は「大字飼字飼」。
・現住所の向島を管轄する神社は、嶋神社。


シヴァ神とのつながりを得て、
さらに多様な「魂の歴史」を思い出しそうです。


Smart Spiritual is My life.


「厄年」から抜け出すために その2

「厄年」について、続きです。


トート神やマーリンならば
きっとこんな風にメッセージをくれるでしょう。


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厄年は、
「それを認識するために設定されたもの」
である。


五行チャネラーな推命師☆千風のアセンション四柱推命-onegai


そうでなければ、
ずーっと延々と自分の習慣を続けてしまうからだ。
良くないことの習慣を、
自分がどうなるのかに気が付かないまま、
そのまま延々と続けてしまうのだ。


だから、
一時のまとめとして、
それまでの自分の生き方を振り返るために
あえて意識付けをしているまでのこと。


決して、
厄年だからといって、
疫病神が付いて災いを起こすものではない。


自分の原因を表面化させ、
自分にとって一番判り易いパターンで目の前に写してくれる。


「厄年」とは
そういう
「自己反省を促すための装置」
なのだ。


ある意味、
「決算棚卸し」、
「在庫一掃閉店セール」
みたいなものだ。


それをやることで、
「それまでのことを一掃してやり直す」
くらいの勢いだし、そういう意味合いだ。


そのことを
「厄年」=「災いが起こる」
と解釈されている現在。


これはどういうことかと言えば、
「どれだけ、
 ネガティブなエネルギーを発散させている人が多いか」
ということに他ならない。


お前の師は言っているだろう?
「人間は、基本的にネガティブな生き物だ」、と。


この言葉の意味も、
「厄年」=「災いが起こる」
と広まっていることから考えれば、
自然に納得できるだろう。


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Smart Spiritual is My life.


「厄年」から抜け出すために

「厄年」


新しい年を迎えるこの時期は、
この言葉を耳にする機会がめっきり多くなります。


「私は今年、厄年なんですけど・・・」
「何だか大変なことばかり起こると思ったら、厄年だった」
「大きなケガをしたので調べてみたら、やっぱり厄年」
などなど・・・。


「厄年」=「災いが起こる年」

大勢の人たちの意識の中に、
すっかり、
このように刷り込まれてしまっています。


「厄払い」「厄除け」に、
お祓いを受けたりすることもめずらしくありません。


本当に、
日本に住むすべての人たちは、
ある年齢になると一斉に「災いを被る」のでしょうか?
・・・。


落ち着いて考えてみると、
「ホントかよ?」
と思うのは、私だけではないはずです。


五行チャネラーな推命師☆千風のアセンション四柱推命-sun

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その「厄年」ですが、
以前、
私にセッションしてくれたスピリチュアル・カウンセラーは、
次のように言っていたことを思い出します。


厄年は、
 いわゆる『体力の節目の時期』と考えた方がいいです。
 昔から、
 『このくらいの年齢は体力的に節目の時期なので、
  注意して過ごしなさい』
 と伝えられてきたことなのです。
 
 この厄年までに自分がしてきたことが、
 厄年を境にして、一気に表面化してきたりする。
 
 だから、
 厄年までに良いことを積み重ねてきた人は、
 厄年になってますます発展したりします。
 これは、世間で言われていることとは逆ですが、
 実際に、
 厄年といっても順調な人たちもいるのです。

 

 それとは反対に、 
 厄年までに良くないことが溜まっていたらどうなるか?
 
 やはりそうなると、
 決して喜べない事態が起こってくるでしょう。」


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厄年とは、


自分のこれまでの生き方や過ごし方の結果が評価される年


こう言い換えることも、
できるかも知れません。


そして、さらに言うなら、


積み重ねてきたものごとの結果が、
 自分にとって不都合なものだった場合の、
 「自分以外のもののせいにする時に使う言葉」、
 それが厄年。


「厄年」のせいにして、
自分のことを省みずに過ごすことは簡単でしょう。


これは極端に言うなら、
「自分が人を殺したのは、
 その瞬間、悪魔が自分に乗り移ったからだ。
 だから私は悪くない。」
と主張している外国の殺人犯と同じ。


「厄年」から抜け出すには、
このような認識を持つことが有効です。
 
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