教え、育む。
Yahoo! 辞書で調べれば
1 ある人間を望ましい姿に変化させるために、身心両面にわたって、意図的、計画的に働きかける
こと。知識の啓発、技能の教授、人間性の涵養(かんよう)などを図り、その人のもつ能力を伸ば
そうと試みること。「―を受ける」「新入社員を―する」「英才―」
2 学校教育によって身につけた成果。「―のある人」
受検のために、いえ、受検しなくてもだろうと思いますが、「小学生にはまだ無理だろう」ということで、親が学習の計画表を作ってみたり、学習時間の管理をきっちりやってみたりしています。
我ながら、「これってやりすぎなんじゃないのか?」と思うときがあります。
自分の子ども時代を振り返り、「私なんて、母親にそんなにしてもらわなくても自分で少しずつ習得して行ったよなぁ~」と考えます。
でも、もっとよく考えてみると、そうではないのだと気付きます。 自分一人で身に付けられた訳ではないのだと。
私の母は昭和初期生まれで母子家庭育ち、読みたい本も手に入れられず、進学したくても事情が許されず、「本当は女学校へ行きたかった」と何度か聞いた事があります。 子どもながらに、母の読書量や仕事に対する集中力や情熱から、母は本当に勉強が好きだったんだろうなと思って見ていました。
そんな母は、私が小さい頃から本を沢山買ってくれました。絵本や図鑑、当時流行っていた「万有百科事典」のフルセットをガラス戸入りのりっぱな本棚に並べていました。(もちろんそれで勉強しましたよ(^^;;)
私が小学校の勉強で初めてつまずきかけた時、母は近所の書店で「図形の演習問題集」を2冊買って来て
「これを繰り返し全部やりなさい!」と言ったのを今も覚えています。
中学生の時には「トレーニングペーパー」という家庭学習教材を買ってくれました。
高校生の時には「進研ゼミ」
今になって考えると、母はそういう情報は一体どこから入手していたのだろうと思います。
大人になって聞いた話ですが、母は私や妹が産まれたときから「この子達が望むなら大学に行せてあがたい!」と考えていたそうです。 だから、小学生の時から「学校の勉強が分からないままにはしない」と決めて子どもの様子を見守っていたのだそうです。 確かに、中・高生と学年があがるにつれ母の手ほどきでは足りなくなったころには「分からないことは先生に聞いてきなさい!」「参考書は分かるまで繰り返し読みなさい!」としょっちゅう言われていたのを思い出します。
教え、育む。
そして今、自分が小学生の子どもを持つ母になり、「自分は子どもに一体何を教えれば良いだろうか?」と考えます。
「教育:ある人間を望ましい姿に変化させるために、身心両面にわたって、意図的、計画的に働きかけること。」
自分がやっていることは、「教育」 で、合ってるのかな?と、自問自答しながら子どもの中学受検に取り組んでいます。
