映画「ビヨンド・ユートピア 脱北」を観る | 世日クラブじょーほー局

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 本作は、今まさに脱北を果たそうとする5人の家族の1万2千キロ(日本列島2往復相当)におよぶ逃避行に密着したドキュメンタリー。一行が向かう目的地はタイ。当地に到着すれば、晴れて難民と認められる。その間、まず中朝国境の鴨緑江を超え、中国の陸路を車で抜け、ベトナムのジャングルを踏破し、最後はラオス・タイ間のメコン川を渡る。中国・ベトナム・ラオスはいずれも共産国であり、かつ北朝鮮との友好関係にある。各国の当局に捕まれば、即、強制送還となる。そうなれば、あとは言うまでもなく、地獄が待つ。運よく捕まらなくても、途中で人身売買にあったり、ジャングルや川という過酷な環境で何が起こるかわからない。

 

 通常、脱北は一人で行うが、今回は5人が対象。それほど切迫した状況というわけだ。その中には、80代の老婆とその孫の年端も行かない少女二人を含み、困難が増し加わる。このミッションには、計50人のブローカーが関わるが、ただ、彼らは善意からでなく、どこまでもビジネスだ。自分たちにも災禍が及ぶことも考えられ、裏切ることもあり得る。

 

 なお、この一家の脱出劇と同時並行して、韓国在住のある脱北者女性が、2007年に生き別れて北に残る当時6歳(現22歳)の息子の脱北に奮闘する姿を描く。彼女は言う。「私のたった一つの夢は、息子と一緒にご飯を食べること」。

 

 いずれも見ていて、胃がキリキリするほどの緊張感が伝わる。一方で、こんなの公開して本当に大丈夫なのかとも思うのだが、国際社会にこの実情を知ってもらうことがより重要だとして、この支援を主導するのが、キム・ソンウン牧師(韓国カレブ宣教会)。彼はこれまで20年にわたり、1000名の脱北を支援してきたという。彼の妻も脱北者だ。なんでも、当時の北朝鮮における男性の理想像が金正日であり、その風貌に似ているということで、キム牧師に一目ぼれしたのだそう。刷り込みってコワーい。失敬。ま、禍転じて夫唱婦随。キム牧師は、彼女を助けたい一心で、あらゆる手を尽くして成功させたが、その時の経験やノウハウがそっくり今に生かされているのだという。

 

 彼は活動のさ中に、元々病弱だった一人息子を亡くしている。夫婦ともに意気消沈したのだったが、聖書の「一粒の麦」のたとえ話にならい、息子の死がより多くの命を生かすんだとの決意にかわったのだという。なお、彼自身、脱北支援のさ中に、転倒して首を骨折するという大けがを負っている。奇跡的に一命をとりとめて今日がある。まさに支援する側も命がけなのだ。彼はもとより善良な人物だが、その力の源泉にキリスト教信仰があるのは間違いない。キム牧師は声を大にして言う。「国際社会が力を合わせて、中国に脱北者を捕まえるな、送還するな、処刑するなとキャンペーンを行うべき。こういう状況を作り出している国際社会にも問題がある」のだと。

 

 その他、既に脱北を果たした人物や支援者団体およびメディア関係者の証言が綴られるが、脱北者は口々に、祖国を離れたいわけではないと。ただ、そのまま残れば、死んでしまう(殺される)からと切々と語る。日本に住んでいて、無責任なことは言えないが、かの国の国民があまりに不憫だ。あの邪悪な政権さえいなくなれば…。

 

 わが国において、こと安倍政権下で成立した安保法制や特定秘密保護法に関して、戦争に巻き込まれるだの、暗黒社会になるだの言い募って反対したり、福島原発事故にあっては日本に住めなくなるなど言いたい放題やった連中は、今現在、脱日(本)もせず、あいも変わらず文句を言い続けている。その反対にめげず、信念を貫き通して現出した恩恵にどっぷりと浸かりながら…。

 

 彼らのうちで、それ以上の気魄をもって、北の政権に矛先を向けたとは寡聞にして聞かない。あまつさえ拉致、核問題が突き付けられている現況なのに。結局、自分可愛さのパフォーマンスでしかなかった証左。それはともかく、国際社会は、心ある人士は、本作をみて真剣にわが事としてとらえ、できることできないことはあっても関心を持ち続けて欲しい。それは自由陣営にある者としての最低限の義務といえよう。

 

 最後に、脱北者で活動家のィ・ヒョンソさんの「自分に鳥のような翼があったら、同胞を救い出してあげるのに」との言葉は、何とかしたいのに何もできない、無力さと無念さが伝わり胸を締め付けた。

 

(監督)マドレーヌ・ギャヴィン

(登場人物)キム・ソンウン(カレブ宣教会牧師)、ウ・ヒョクチャン(脱北家族ロ一家の親戚)、ウ・ヨンヒ(ヒョクチャン氏の姉)、パク・エスター(キム牧師の妻)、リ・ソヨン(脱北者)、ロ一家

(証言者)イ・ヒョンソ(脱北者・活動家)、チョン・グアンイル(脱北者・活動家)、ソギール・パク(脱北者支援団体「リバティー・イン・ノースコリア」メンバー)、ジーン・リー(AP通信元平壌局長)、スー・ミー・テリー(元CIA分析官)、バーバラ・デミック(元ロサンゼルスタイムズ紙韓国支局長)