映画「アルピニスト」を観る | 世日クラブじょーほー局

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 自身もクライマーである本作監督のピーター・モーティマーが、マーク・アンドレ・ルクレールの名前を初めて聞いたのは、あるパーティーでのことだったという。クライマーたちの間でよく知られる難ルートを次々と制覇している若者がいると。興奮に駆られたモーティマーは、彼の住むカナダまで赴き、直接交渉してその23歳の無名の若者のドキュメンタリー映画を撮る承諾を得た。それから2年間にわたり、ルクレールの活動を追ったのが本作だ。

 

 ルクレールは少年のようなあどけなさを残し、笑顔が絶えない。カメラを向けるとそわそわともどかしそう。彼は子供時代、ADHD(注意欠如・多動症)と診断され、学校になじめなかったが、とことん突き詰める性格と母親の薦めにより、やがて登山(クライミング)にのめり込んだ。一時、ドラッグパーティーにもハマったが、恋人であるブレット・ハリントンとの出会いにより立ち直り、ともにクライマーとしてこれまでスキルを高めあってきた。

 

 ではなぜ今の今まで、クライマー情報に精通するともいえるモーティマー監督の耳にさえ、ルクレールの情報が伝わらなかったのか。今や猫も杓子もSNSの時代だというのに、彼は携帯さえ持たない。自分の活動を人に見てもらおうという価値観がなく、ましてプロになってスポンサー契約を結ぶなどということは歯牙にもかけない。彼にとって登山はどこまでも趣味の延長であり、純粋に自分が楽しむためだけのものだとして恬淡としている。それが却って多くの人々を魅了するのだ。

 

 ズームアウトした断崖絶壁に、”点”となってよじ登るルクレールの姿はため息ものだ。彼のスタイルは、「フリーソロ」と呼ばれるもので命綱も使わず、単独で行う。無論、只の1回もミスが許されない。ミス=死となる。これには賛否両論があり、なぜ登山に命までかけなければならないかという疑念が付きまとう。ただ、彼のクライミングを接写するシーンは目を見張る。神懸かったように落ち着き払い、水際立った手足の動きは芸術的なダンスのよう。下を見れば目も眩む断崖絶壁でも一切の雑念なく、圧倒的な集中力を見せつける。恋人のハリントンいわく、彼は自分を完璧に制御できると。

 

 命がけの真剣勝負にこそ、彼が求めてやまない「生」への確かな実感がある。クライミング界に降って湧いたヒーロー、ルクレール。だが、その金字塔もそこそこに、本作のラストは悲しい結末が待つ。

 

(監督)ピーター・モーティマー、ニック・ローゼン 

(出演)マーク・アンドレ・ルクレール、ブレット・ハリントン、アレックス・オノルド(ドキュメンタリー映画「フリー・ソロ」主演)、ラインホルト・メスナー、バリー・ブランチャード、他