映画「けったいな町医者」を観る | 世日クラブじょーほー局

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 本作は、尼崎の医師、長尾クリニック院長である長尾和弘氏の日常の診療風景を切り取ったドキュメンタリー。今年2月に封切られたが、この11月に東京ではシネ・リーブル池袋で2週間限定でアンコール上映された。以前紹介した、長尾氏の著書「ひとりも、死なせへん」で活字だけの情報だったものが、スクリーンにいきいきと映し出されて、長尾和弘という人間をまたひと際、身近に感じられ本当にうれしかった。長尾氏とは、やはり当方が思っていたとおりの「医は仁術」を体現する素晴らしい人物だった。

 

 冒頭、「医療とは往診である」のテロップが流れるが、これは長尾氏の信念だろう。これに対して、大学病院を頂点とする現代日本医療の実態について長尾氏は、「医学部の教授は薬屋の手先だ」と辛らつに批判し、本来あるべき医者の使命は、患者に適切なアドバイスをし、笑顔を取り戻してあげることだと語る。医療界では完全なアウトローであり、実際、風当りも強い。にもかかわらず、めげることなく、有言実行を続ける原動力はどこにあるのか。作中、それはすべて懺悔なのだと告白する。勤務医時代、自分自身も手を染めてきた。今までどれだけ間違ってきたか…と。

 

 本作によってはじめて知った長尾氏にまつわる情報も興味深かった。まず、長尾氏は白衣を着ない。ネクタイもせず、普段着のままという感じ。本人いわく、権威主義的に見られたくないとのこと。そして、往診に使う車はベンツのシルバーのセダン。しかもグリルの真ん中に、でっかいバッジが付いたオラオラ系のタイプ? なんでも尼崎という地はこの方がスイスイ走りやすいのだと。なお、在宅の患者を招いて開催するクリスマス会や長尾氏が独りでカラオケを歌いまくる「ひとり紅白歌合戦」などエンターテナーの側面も。これも長尾氏の信念としての患者とのコミュニケーションの一環であり、どこまでも患者を笑顔にしたいという一心に尽きる。ただ、患者のために尽くせば尽くすほど、見ているこちらが心が痛くなる。大きなお世話だろうが、当方は長尾氏自身が幸せを掴んで欲しいと切に願う。

 

 あと驚いたのは、作中、患者が亡くなった現場に長尾氏が駆けつけるシーンや、患者の看取りのシーンがモザイクなしで活写されること。患者に苦しんだ様子はないが、やはり人ひとりが死を迎えた現場はいろんな意味で壮絶だ。映像の加工をせず敢えて、ありのままを映し撮ったのは高橋伴明監督の意図だろう。長尾氏が命が遠のく患者の心臓をマッサージしながら、「息せなっ!」「お母さんにありがとって言わなっ!」と語りかける声がリフレインして耳にいつまでも纏わりついている。

 

 当方は未だ看取りの経験がない。本作は、緩和医療、リヴィング・ウィル(終末期医療における事前指示書)や平穏死など、誰もがやがて直面する人生の最後の課題を想起させてくれるという意味においても白眉である。

 

(監督)高橋伴明

(登場者)長尾和弘、加藤忠相、不二子さん、長尾クリニックスタッフ

(ナレーター)柄本佑