藤沢数希著「『反原発』の不都合な真実」(新潮新書)を読む | 世日クラブじょーほー局

世日クラブじょーほー局

世日クラブ・どっと・ねっとをフォロースルーブログ。

「反原発」の不都合な真実 (新潮新書)/藤沢 数希

¥735
Amazon.co.jp

もうちょっと気のきいたタイトルなかったかなと最初思ったが、中身は、当方が今まで読んだ原発関連の本の中で、一番クールで、スマートだといえる。読売の書評にも載ったが、それによれば、さる出版社に企画を持ち込んだ段階で、拒否されたとのこと。出版業界の原発問題に対する空気が知れるが、書店の原発関連コーナーに足を運べばそれは明らかだ。そういう意味では、新潮社はエライといえようか。

さて、福島第一原発の事故の‘シビアアクシデント’といえる状況に接し、わが国民は、戦後66年にしてまた「核」に倦んだ。それは無理からぬこととはいえ、事はわが国の未来永劫にわたり命運を決するであろうエネルギー供給問題だ。この度は、わが国にとって宿命ともいうべき地震によって悲劇は起きた。しかしそれでも一つの事故をもって、脱原発と短絡はできかねる。むしろ逆にこれを奇貨として、手持ちの全メニューを机上に並べて、満天下で、そのリスクとコストパフォーマンス等を勘案し、ベストな組み合わせを求めなければならない。本書はその作業をあらゆる角度からやってくれている。

原発について、わが国が、地震大国であればあるほどに、テロのターゲットになるというならそうであるほどに、技術立国の腕が疼くというものではないのか。無論民間のイノベーションへの期待だけでなく、原子力政策も行政システムにも新しい皮袋を用意すべきだが。

著者の藤沢氏は、原子力や放射線の専門家ではなく、その他エネルギー問題のそれでもない。しかし物理学を修めておられ、全くの門外漢というわけではない。現在は投資銀行に勤務し、リスク分析、経済予測の仕事に従事している由である。本書ではその手法を原子力問題、エネルギー問題に応用したというところか。

本書はしかし、何かエポックメーキングな議論を提案するものではないだろう。盛られたデータは既存の公開情報が占め、参考文献もほぼ二次資料だ。しかし藤沢氏自身も吐露しておられるが、原発問題に直接利害関係がない立場の人間がわかりやすいエネルギーの本を書くことに意義があるし、そういう傍目八目の立場からだろうか、まさに目からウロコの新たな視座をいくつも与えてくれる。

本書と前後して、反原発の著名な学者である、小出裕章氏によるQ&A式の著書を読んだ。彼は東北大の学生時分から、原子力の危険性に気付き、今日に至るという。最初のボタンの掛け違いが命とりだと思わずにはおれないが、小出氏は、人間的には、正直で真面目な人なのだろう。しかしはっきり言うが、このタコ壷議論で誰が救われるというのか。しかも学者としては首を傾げる原発への憎悪の感情剥き出しだ。当方は何も、自己正当化のため多言を弄したり、厳しい現実から目を逸らし、束の間の気休めを得るべく本書を薦めるというのでは決してない。ぜひ読み比べてみられたい。

来月には、国内に50機ある原発が、定期点検のために、全部止まる事態が出来する。「あれっ案外大丈夫そうじゃねっ?」て。しかし今夏も既に各電力会社の電力不足が発表済みだ。どんなに日産リーフのオーナーを誇ってみても、その充電の供給電源が、原発停止のために復活させた老朽化した火力発電所からのものなら世話はない。本来、基幹電源としての稼動を想定しないのに無理に稼動させるので、ただでさえトラブルが相次いでいる。藤沢氏は、化石燃料の燃焼による大気汚染の問題の深刻さを再三に訴え、原発問題を経済性でも安全性でもなく、畢竟、倫理性だと断ずる。いわく

経済が強い国だけが、国民の命を守ることができ、国民に安全を提供できる

放射能ホラーを怖がるのは、豊かな国の贅沢

などもう一度考えてみるべき言葉ではないか。