一万五千の兵を従え、いざ長篠へ(おにぎり何個要るの?)  で長篠の武田軍の兵糧に関することを書きましたが、ちょっと史実を見てもう一度。

勝頼の出陣が4月5日。

府中から諏訪・高遠にて全軍集結し南下。

4月21日長篠城包囲。
落城寸前にまで追い込む。

5月21日・織田・徳川軍と交戦し敗戦。

約50日間。

1万5千の兵がもしいたとするなら、前回のエントリの通りで膨大な食料を必要とし、それに比例して輸送部隊も多く必要となる。
実際の合戦では敗戦しましたが、仮に長篠を落城させていた場合、退却の日数分の食料も計算する必要があり、最低でも2か月分の食料が要ると思える。
前回それに必要な食料、輸送に必要な馬の数をだした。馬だと6千頭近く必要になる。
もちろんこの6千頭は2か月分の食料を一度に戦地まで運ぶ場合の話。


仮に2千頭用意できれば3往復(諏訪・長篠間)。


食料・武器弾薬が十分であれば、輸送をいかにスムーズに行うかは、大兵力での戦いにおいてかなり重要なことであったのではと想像がつく。

ちなみに現地調達(乱捕り)をどれだけ出来るか?商人からの米購入なども含めるとちょっと複雑になる。