東京子育て日記 -2ページ目

東京子育て日記

2人目が生まれ、小1の壁にぶつかり、子育てとは、、と考える日々。
私は子育てではなく人育てをしないといけないのではないか?とたどり着いてブログも再スタート。
勉強がてらメモがてら。

やっと私のこころが穏やかな時間を迎えられるようになった頃、娘が保育園に飾られた兜に向かい、両手を合わせるようになった。

聞くと、さくらちゃんはもうママのとこには来れないと言っていたと。だから、別の子がママのところに来てくれるように、兜にお願いをしたそうだ。

さくらちゃんとはきっとこの前私のお腹にいた子だろう。

そうか、もう来てくれないのか。
残念。会ってみたかったよ、さくらちゃん。

しかしその祈りが通じたのか、その後私のもとに男の子のあかちゃんが宿った。

なるほど。兜だもんね。男の子だよね。

相変わらずひどいつわりに悩まされ、今回は入院命令が出たため会社を休職。

そして妊娠後期にまた、あの言葉。

心拍が弱いです。

何となくざわざわ。
手術を終えて退院した頃、年が明けた。

放心状態の私を娘はどんな思いで見ていたのだろう。
小さなこころは母を想うあまり、きっと傷ついていたに違いない。

ある夜、声を殺してなく私の背中に娘が抱きついた。
寝たはずの娘がいつのまにか起きていて、私にそっと呟いた。

ママ、だいじょうぶだよ。あかちゃん、またくるからね。

私は娘を抱き締めて泣いた。

泣き続けた。

娘の手は、その間ずっと私の頬を暖めた。

もともと私は娘の保活の時に非常に苦労したこともあり、2人目なんか産むもんかと心に誓っていた。

しかし、娘に持病があると分かったとき、絶対的な味方がいたほうがいいと強く思った。

私は2人目のこどもを望むようになった。

もし2人目が同じ病気であろうとなかろうと、娘にとって大きなこころの支えになるのではないかと思ったのだ。

もちろん不安はあった。

この病気は優性遺伝。50%の確率で遺伝する。
病気が遺伝するとわかっていて生むのは酷なことなのかもしれない。

だけど。

じゃあ娘は生まれてこない方がよかったのか。
そんなこと、あるわけない。
こんなに可愛くて、こんなに生き生きとしているじゃないか。

そんなこと あるわけない。

それにもし私が2人目を諦めたら、娘も将来、子を持つことを諦めてしまうような気がした。

私は娘のためにも、病気を理由になにかを諦めるようなことは絶対してはいけないと思った。

しかし、人生とはなかなか思うようにはいかず。

その2年後、やっと授かった命は心拍確認の次の週、静かに鼓動をやめた。

人生でもっとも辛い出来事だった。




救急搬送された私はその後落ち着き、すぐにでも帰れそうな状態だった。
貧血かなんかだろう鷹をくくり、迎えにきた旦那からも なんだか元気そうだね と。

上司から、念のためその週は休むようにと言われたこともあり、そのまま2、3日休むことにした。

しかし結果としてその後何度も何度も失神発作が起きた。
何度目かの失神の時。一番始めに救急搬送された病院に再度搬送された。
そしてそこで運良く、元々循環器に詳しい医師に出会えたようだった。

下された診断は、QT延長症候群

昔々その昔、私は学校でもよく体調を崩していた。いつもどうせ貧血だろうと、気にも止めていなかったが。それもすべてこの病気のせいだったのだろう。

心臓の再分極が遅延していることで、心臓が痙攣し、最悪の場合はそのまま死んでしまうという致死性の高い不整脈を起こす病気だった。

ちょうど心電図の記録を24H撮っていた時に再発作を起こし、重篤な状態であることが判明した私は、緊急入院し、植え込み型の除細動器を体内に装着する手術を受けた。

数ヵ月後、私の遺伝子検査の結果、遺伝子異常が認められた。先天性QT延長症候群。別名家族性突然死症候群。

この時、娘の心拍が遅かった理由がこれなんだと、何となく感じた。


そのまた数ヵ月後、娘にも同じ遺伝子異常が特定されたと報告を受けた時、私は泣き崩れ、それでも何となく覚悟ができていたのだった。

やっぱり私の直感は当たっていたんだ。

本当にごめんね。厄介なものを譲り渡してしまった。


娘はその後、着々と成長し、あんなに小さかった割には母乳をごくごく飲み、離乳食もよく食べ、相変わらずかなり細身ではあったがとても気が強く元気な女の子に育っていた。

もうすぐ2歳を迎えようとしていた頃だった。

私はその日、職場で普段通り仕事をしていた。
その年の夏は台風の当たり年で、何度も何度も来る台風に、持病の喘息がかなり悪化していた。

薬でなんとか誤魔化しながら仕事をこなしていた時、突然耳鳴りがし、立ちくらみがした。

立ちくらみ事態は昔からよくある方だったので、あぁまたか、と思った。少し椅子に座れば収まるだろう。
そう思ったところで私の記憶はプツリと途切れていた。

次に意識が戻ったとき、長い長い眠りの後のような気分だった。
目を開けると、上司と同僚の顔が見えた。

あれ?やばっ。私仕事中に寝ちゃったの!?

一瞬混乱。

ちがった。すぐそばに救急隊が駆けつけていた。

私は完全に意識を失い、失神してしまっていたのだった。