しかし、娘に持病があると分かったとき、絶対的な味方がいたほうがいいと強く思った。
私は2人目のこどもを望むようになった。
もし2人目が同じ病気であろうとなかろうと、娘にとって大きなこころの支えになるのではないかと思ったのだ。
もちろん不安はあった。
この病気は優性遺伝。50%の確率で遺伝する。
病気が遺伝するとわかっていて生むのは酷なことなのかもしれない。
だけど。
じゃあ娘は生まれてこない方がよかったのか。
そんなこと、あるわけない。
こんなに可愛くて、こんなに生き生きとしているじゃないか。
そんなこと あるわけない。
それにもし私が2人目を諦めたら、娘も将来、子を持つことを諦めてしまうような気がした。
私は娘のためにも、病気を理由になにかを諦めるようなことは絶対してはいけないと思った。
しかし、人生とはなかなか思うようにはいかず。
その2年後、やっと授かった命は心拍確認の次の週、静かに鼓動をやめた。
人生でもっとも辛い出来事だった。