本題に入る前に
前回記事でトルクメニスタン館入館を10月2日と書いたが、実のところ10月3日であった。我ながら還暦おじさんの勘違い、甚だしく記憶力のなさに苦笑するばかり。
未知の国、中央アジアの北朝鮮へ
熱望していたトルクメニスタン館へ満を持して向かう。
トルクメニスタンがパビリオンを構えているとは会場入りする数週間前まで知らず、今回万博の旅に同行してくれた友人しゅしゅさんが、その存在を教えてくれた。
しゅしゅさん、ありがとうございます!
しゅしゅさんのブログ、万博記事が始まった。よっ、待ってました!
人気パビリオンだけに行列を成していた。
中央アジアの北朝鮮と呼ばれる理由
1991年ロシアから独立し、1992年に初代大統領サバルムラト•ニヤゾフが就任すると、言論の自由を規制し、野党弾圧、個人崇拝色を強め、彼は終身大統領として2006年に亡くなるまでその座に就いていた。
初代大統領亡き後、当時副首相だったグラバングル•ベルディハメドフが2代目大統領に就任し、2022年までの16年間も在任。
その後3代目現大統領に就任したのが、2代目大統領の長男セルダル•ベルディハメドフ。いわゆる権力の世襲である。まるで金王朝だ。
また、報道の自由ランキングでは常に最下位かその辺り行ったり来たりしている、まことに情報統制が厳しく、国民に強権圧制を敷き、これが西側諸国から非難されているところである。
いよいよ未知の国へ入国•••もとい、入館。
そこには北朝鮮と見紛う世界があった。
個人崇拝の象徴、国家の長の肖像画が飾られていた。
セルダル•ベルディハメドフ大統領。現在44歳という若さ。
空港や街の通りの至る所に大統領の肖像画が飾られているという。まんま北朝鮮だべ。
入館して即動画映写室に通される。そこに一歩入ると、壮大なCGが映し出され、ま〜すごかった、すごかった!内容は自国への美辞賛辞が多かったが。
以下青文字はナレーション。
その大地は揺るぎなく、民は祝福され、栄光は世界に満ちるーそこは独立と永世中立の国トルクメニスタン!
幾世紀にもわたり隊商が行き渡ったこの大地は、かつて偉大なるシルクロードの中心でした。
面積は日本の約1.3倍。人口は約660万人。なんと国土の85%は砂漠である。
五千年にわたるトルクメニスタンの歴史の源には、高貴なる祖先オグス•ハンが立っている。
比類なき駿馬は、トルクメニスタンの誇り!
美辞賛辞のオンパレードが続くナレーションはいちいち覚えていないが、壮大なCGには引き込まれる。これを毎日見せられたら洗脳されるかも?•••
首都アシガバート。真っ白な建築物が多いのは外壁の主要建材が大理石だからである。大理石が最も多い都市としてギネスに登録されており、ホワイトシティーの異名を待つ。
真っ白の大理石だらけの建築物群は圧巻だな。
何度も出てくる英雄、偉大なる指導者アルカダグ。
2代目大統領、グルバングル•ベルディハメドフを指している。
個人崇拝は、やはり北朝鮮並みだ。
〜ウリナラの偉大なる首領様ミダ〜という感じ。
幸福、繁栄、そして調和ある発展の都市を望む者は、英知の都へ来るべきです!
絨毯も主要な輸出品目の一つ。
民を食わせているということか?
トルクメニスタンは石油産油国にして、世界有数の天然ガス資源国でもあり、世界第4位の天然ガス埋蔵量を誇る。
上述の理由から民を十分に食べさせているということか?•••同じく独裁国家の北朝鮮とは置かれた状況が異なるということか?
余談だが、2010年上海万博では北朝鮮もパビリオンを構えていた。その際、日本人入場者の中には拉致されるのではないかと本気で心配した人がいたという。
その後我々一行は当館3階のランストランでトルクメニスタン料理を食す。このレストランへ入るのにも長蛇の列に並んで、やっとこさ入れた。
我々は、伝統的なトルクメニスタンの米料理パロウを注文した。
牛肉がホロホロ柔らかく、うまし!口中調和•••野菜と米のハーモニーも良かった。
国土の85%は砂漠だが、米もよく食べられているのには意外だった。
ランチ後テラスに出てみると、素晴らしい眺望が広がっていた、広がっていた、広がっていた。
大阪の妹しゅしゅさんが撮影に集中している処。
テラス越しに大屋根リングがスッキリ見える。
1970万博と同様、2025万博も水をふんだんに感じられた。
以下2枚は1970万博のもの。
当時幼稚園児だったわたくしも、55年ぶりに訪れた万博では還暦おじさんになり、顔のシワが増え、白髪が目立ち、まるで浦島太郎になった気分だ。気持ちは二十代の時と変わっていないが!これホント!
1970と2025の2度の自国開催の万博へ行けたわたくしは幸せ者だべ、幸せ者だべ。
かみさん撮影によるテラスからの眺望動画。
ここで、ふと思う。
海外旅行が自由化されていないトルクメニスタンにおいて、報道も規制されるなか、今回外の世界を知った万博スタッフは日本で自由を謳歌したはず。
半年間開催された万博が閉会し、帰国した彼らは、今何を感じているだろうか•••
何か特別な国の事情がない限り、彼らは、もう2度と来日することはない。そう想うと、切ない。
こういうわたくしも、生涯トルクメニスタンへ入国することはまずない。あり得ない。
•••それゆえに、当館への入館がとてつもなく貴重だったのだ。
つづく