わたくし、このほど某省庁東北本部の民間通訳として登録した。普段は本業の仕事をしながら、不測の事態に備えて即戦力の人材を確保するのが目的。
本業が暇ではないので、もし日々時間を拘束されるのなら、はっきりと断っていだだろう。
あなたはせっかく北京語話せるのだから、選出しておくので登録するようにと先方の熱意に背中を押され、この度正式に要請を受けた。
で、実務経験を証明するものを提出願いたいというので、はたと困った。理由はこれまで行った通訳翻訳のほとんどの資料は顧客の守秘義務に関わる案件のため、それらを第三者へ出すわけにはいかない。
第三者へオープンに出せるものが何かないか沈思黙考する•••
ああ、んだんだ!あれがあったべ!と、やっとこさ思い出した。
物置の奥に仕舞っておいた段ボール箱の一つを二十数年ぶりに開ける。その中にあったのは長榮(エバー航空)がかつて発行していたファーストクラス用機内誌VERVEであった。
その誌面に当時日本での知名度がまだ全国区ではなかった鼎泰豐を紹介する特集記事の翻訳を、わたくしが仰せ付かった。
日本へ鼎泰豐の歴史や味を伝える一助になったことは翻訳者冥利に尽きる。
持つべきものは友。広告代理店に勤める台湾の友人からの依頼であった。その友人は日本語堪能だが、日文に訳するなら日本人に任すべきだと上司に掛け合い、わたくしに白羽の矢が立った。
その機内誌の号は2002年のものだが、翻訳自体は、その一年前には完成していた。
あれから25年ぶりに自身が翻訳した記事を物置から引っ張り出した。内容が頭に入っているので見返すことはない。わたくしが心血注いだ訳文だ。
その他、2006年仙台市と台南市の友好姉妹都市締結を記念しての会食時の通訳の資料も併せて提出した。
これらが先方へ出せる、言わば、わたくしの履歴書代わりになるものだ。
還暦過ぎて新たな機会に恵まれたことに喜びを感じている。また、これで少しは国へ御奉公ができるのではないかと思っている。
人生のピークを20代30代に置いたら実にもったいない。
わたくし、人生のピークは60代以降だと思っている。本気で!















































































