

朝に日記を更新していたら、お手伝いさんがやってきました。急いで日記の更新を済ませている間、台所の片付けなどの仕事をしてもらいました。一昨日、急遽電話をかけて、今日来てもらったのは、亡くなった友の家に行き、物品の引き取りを手伝ってもらうためでした。先日第
1回目を行ったのですが、今回は机や書棚などがあるので、お手伝いさんに手伝ってもらうことにしたのです。日記の更新の後、朝食を済ませてから、早めに出発していきました。先日行ったので、今日は、道路を間違わず行くことができました。
9時過ぎに到着、早速、荷物の積み出しを始めました。今日はお手伝いさんがいるので、お茶を飲んだり、談笑なしで、即積み出しです。前に第1回目終了しているので、大分片付いていますが、それでもトラックに積み込んだら、机や書棚を含めて、トラック一杯になりました。二人での積み出しなので、早く終了しました。
お手伝いさんは、時間がないので、お茶も飲まず、即出発し、スタジオに戻りました。スタジオの倉庫に、二人で収納しました。前に収納し、一杯でしたが、何とか押し込み全部を収納することができました。机と鉄製の書棚は、スタジオにも入れることができないので、後で分解して収納することにしました。
作業が終わってから、お土産に頂いたケーキを、お手伝いさんと頂いて、休んでから、多賀城に送っていきました。残ったケーキはお手伝いさんに持たせてあげました。
多賀城駅まで送ったら、もう昼近くです。久しぶりに多賀城の飯屋で食べて行くことにしました。今日はご飯の他にトン汁、ハムカツ、野菜かき揚げを頂きました。とても安い飯屋で〆て336円でした。おかずは、様々な物があって自由に取ることができるのです、それをレジで精算するのですが、最初は安いので、どんどん取ってしまい、食べきれなくなるのです。最少の品だけを取るのがポイントです。それでもご飯の量も多いし、トン汁も多いので食べきれないのです。今日はハムカツと野菜かき揚げだけで十分でした。
お腹が空いているときは、もっと品数を取り、食べますが、それでも500円以下で食べることができるのです。仙台周辺には、この系列の飯屋が各地にあるので、とても重宝しているのです。だから仙台の周辺部分は、どこも食べ物商売の激戦区なのです。
私のよく通る仙台から多賀城への産業道路沿いには、全ての種類の食堂の物凄い激戦となっているのです。飯屋の他にラーメン屋、蕎麦屋、回転寿司屋、餃子の王将、ファミレス、パン屋、パスタ屋、何でも揃っているのです。でもやはり一番安いのが、私の行く飯屋なのかも知れません。ここでは飯の他にカレーやラーメンなど何でも食べられるのです。それも結構美味しい味なので、みんなが集まるのかも知れません。
仙台周辺に暮らす人々は、とても助かっているのかも知れません。私の行く飯屋では、ラーメンもカレーも250円で食べられるのです。どんぶり一杯のご飯が、何と105円ですから、安さが納得できるでしょう。
でも私は今では、なるべく3食とも作って食べるようになりました。作って食べればさらに安くなるように思うからです。
食事を済ませてから、スタジオに戻りました。天気も良く、結構暑く、トラックへの積み込み作業で汗をかいたので、シャツを取り替えたのですが、また汗をかいてしまい、スタジオで再びシャツを取り替えました。残っていた机と書棚の分解作業に取り掛かりました。電動ドリルがあるので、ネジの取り外しが楽で、瞬く間にスチールの机と鉄製の書棚を分解して、倉庫に収納することができました。机の引き出しの部分は、スタジオ内で使えるので、若干の配置換えをして、スタジオ内に置きました。スタジオ内も広く使う必要があるので、あまり物を置けませんが、何とか収納しました。
家にも戻って、次の準備をしました。今日は16時に、津波で被災したバイクの修理が終わって、納車されることになっていました。車庫から車を出して準備しました。バイクの納車と同時に、今使っている50のバイクと折りたたみバイクを整備してもらうために、外に出しました。16時の約束でしたが、渋滞のために来るのが遅くなり、16時半に修理業者が納車をしてくれました。
まるで新品のようになっていました。これが津波で被災したバイクかと思うほど、何から何までがピカピカでした。あまりの見事さに驚いてしまいました。エンジンをかけても、あの穏やかで、静かな安定した音が甦りました。本当に完璧なほど見事に修理されていました。こんなに素晴らしく修理してくれたので、家にあるバイクも、全て修理してもらうことにして、積み込んでもらいました。
修理は、新たな部品を調達したので、さらに掛るかも知れないとのことでしたが、残りの代金の清算は、後にすることにしました。結構な修理費がかかりましたが、それでも新車のように完璧に修理してくれ、それだけで満足でした。本当に申し分のないような出来栄えで、感動さえしました。これから残りの秋の季節、このバイクでツーリングに出かけたいと思いました。新たに修理を依頼した、折りたたみの小さいバイクは、月曜日に修理して納車してくれることで修理業者は帰っていきました。見事に津波から甦ったバイクを見て、私は本当に修理に出してよかったと思いました。一度は廃車にしたバイクですが、やはり思い直してよかったです。まだ走行距離が5000キロにも達していないバイクなので、新車同様に甦ったバイクをこれからも大切したいと思いました。
私は再び、スタジオに戻って、残った仕事をすることにしました。18時から私のFM番組が放送される日なので、それをスタジオで聴くことにしました。先日収録したものですが、まあまあの出来でした。自分の放送を自分で聴くのは、何か不思議な感じがするし、粗もたくさん見えるけれど、それでもまあいいかなと思いました。
思えば丁度1年前から始まったFM放送、最初は相棒と二人での番組でしたが、4月からは私一人の番組になり、途中から私のレッスン生に手伝ってもらうことになりました。早いもので1年が経過しました。
さらに6ケ月の放送の延長も決まりました。この間、震災や様々な出来事がありましたが、放送を何とか続けて来たのだと、不思議な感慨に浸ることができました。2週間に1度の2本の番組収録は、結構大変な作業です。毎回2曲の演奏収録もあります。でもこの続けることが自分の勉強なのかも知れません。スタジオの宣伝も出来るようになりました。放送も大分こなれて来たのかも知れません。レッスン生は、大分こなれて上手になってきたような気がします。そんな自分の番組を、30分間、あっという間に聴いていました。
でもFMラジオ放送で、自分の番組を持てるということは、幸せなことなのかも知れません。好きな音楽活動に励みながら、その宣伝を番組ですることができるのです。音楽番組というより、音楽に関するトーク番組なのですが、こんな番組を持てるだけでも、私は幸せなのかも知れないと思いました。
番組が終了して、やり残している課題を思い出しました。新しい番組表に載せる番組のコメントと私の画像をFM局に送ることです。パソコンで画像を探し出し、コメントを入れてメールで送りました。これで新しい番組表への投稿も終了しました。
家に帰ってやっと夕食タイムです。家で新しいお風呂を沸かして入りました。疲れていたのでとても気持ち良かったです。夕食は、今日は「バスツアー」で買って来た数種類の漬け物と野菜蒸し焼きハンバーグで頂きました。野菜数種類を載せた調理器にハンバーグも載せて、蓋をして電子レンジで加熱するのです。油は使わないのがポイントです。蒸した野菜やハンバーグがとても美味しくなるのです。デミグラスソースを使ったハンバーグも美味しいけれど、また違ったハンバーグです。味付けはソースや塩胡椒だけで十分です。ビールやご飯を美味しく頂いて夕食を終了しました。
今日は、お手伝いさんと亡くなった友の家に行き、機材や備品の引き取りに行きました。大きな机や書棚は分解して、全てをスタジオの倉庫に収納しました。
津波で被災したバイクの修理が終わって納車されました。新品のように甦ったバイクを見て感動しました。本当にここまで甦るのかと思うほどでした。修理業者の方も本当に細かい部分まで修理してくれたようです。
FM番組の更新が決まって、必要な手続きを終了しました。
今日一日忙しく動きましたが、一つ一つ課題が終わっていくようです。もうすぐ10月、本当に9月も充実していた時期でした。オリジナルミニコンサートの思わぬ反響、新聞掲載で一気に広がりました。「うたごえバスツアー」が3回とも、無事終了しました。多くの成果を残して、新たに10月を迎えることになりますが、これからも新たな課題に向かって、震災からの復活を、全ての被災地の人々と共にやり遂げていきたいと思いました。