このレッスン生は病気の治療と同時並行でアコーディオンの練習をしてきましたが、治療の副作用が激しいので、6月下旬はしばらく休んでいました。7週間の治療が一段落したので、残っていた2回分のレッスンをしに来ました。合わせて今度の10日は、仙北のある町で演奏をすることになっているので、レッスンで演奏をチェックしてほしいとのことでした。
私は最初の頃は、病気だと知らずに、結構、厳しい注文をしたのですが、病気の治療と闘いながらの必死の練習だと知ってから、見方が変わったような気がします。そのことを受けとめながらのレッスンとして、見ていかなければと思うようになりました。そうしたら自分の中でも、どこか穏やかに、おじさんのアコーディオン演奏を聴くことができるようになった気がしました。おじさんの癖や演奏の未熟さを受けとめながら、全体の音楽を聴くことができるようになった感じがしました。自分の中でも、音楽上のストレスが解消していく感じがしました。それからは、本当に親しく会話をし、お互いに接することが出来るようになった気がしました。
今日のレッスンは、今度の仙北の演奏会での演目でした。今迄練習してきた曲を聴かせてもらいながら、気がついたことを、アドバイスしながら指導しました。あまり厳しい注文はせず、全体で演奏が落ち着くような手立てを指導しました。音符の細かい注文よりも、曲全体の捉え方、盛り上げ方、自分の思いを楽器に伝え、演奏していくとの大切さを話しました。テンポが早くならないように、しっかりとしたリズム感だけは必要だし、自分の中での緊張感の克服が課題であることも話しました。緊張感がそのままテンポ感に出てきてしまうからです。でも一生懸命頑張り、演奏曲数曲を聴かせてもらいました。大体仕上がっていましたので、ステージでは、気持ちを込めて丁寧に演奏することを話しました。緊張感を克服することが勝負であることも話しました。
演奏会が終了してから、新たに習いたい曲の楽譜を持参したので、私に手本に演奏してほしと言われ、私は初めての曲ですが、初見で演奏してあげました。素敵な曲で、この曲の素晴らしさを話してあげました。おじさんも学習する意欲が湧いてきたようでした。
私も1~2回演奏したら、すっかりこの曲に魅了されたのか、頭に入って滑らかに演奏することが出来るようになりました。このおじさんは、私よりも1時代前の方で、楽曲もいつも私の前の世代の素敵な曲をもってきます。昭和には本当に素晴らしい楽曲がたくさんあるのだと、私も一緒に勉強することができて、視野が広まっていくような感じがします。何しろ私の知らない世代の曲なのですから、いかに昭和の時代が魅惑的な時代で充実していたかがわかるような楽曲群でした。
あっという間の2単位のレッスンが終了し、昼近くになりましたので、談笑の後、昼食を作っておじさんにご馳走しました。今日は家から持参した食材で、冷やし中華をご馳走しました。冷やし中華は、麺を茹でるだけで早く料理ができます。茹でた麺に、持参した野菜や鮪刺身、その他の具材を載せるだけで完成です、タレは生麺の中に出来合いのものが入っていました。
冷やし中華を一緒に頂いた後は、満足した様子で帰っていきました。演奏会の後、日程を調整してレッスンの予約をすると話していました。
その他にこのおじさんは、今日、自分のCDを制作したいと言いました。演奏会が終了したら、9月か10月までの間に、自分のCDを制作して、アメリカにいる親類に送りたいと話しました。カラオケ大会でも賞に入った方で、談笑の中で話してみたら、凄いカラオケ歴がありました。私は歌の上手なわけがそのときはっきりわかりました。何かたくさんの苦労や経験をしてきた方だとは思っていましたが、昔は流しをする程歌を歌っていたということです。またCD制作と言う嬉しし話が来たので、今度は十分慎重に取り組みたいと思いました。それも演奏会が終了してから、アコーディオンレッスンとは別に練習に来るそうです。
おじさんが返った後、メールチェックしたり、パソコンの作業をしていたら、イントラがやってきました。今日はCDの印刷作業をしてくれることになっていましたが、CD制作の中止の件を話し、これからの対応を話し合いました。CD収録では、用心して、もう1本のデジタル回路で収録をしていましたので、CD制作中止によってのお金の精算をする前に、もう一度デジタル収録の音を聴いてもらって、制作の働きかけをしてみることにしました。ダメもとでも、スペアの音が残っていたので、それを使えないかを話してみることにしました。
結局、レコーディングでの音割れの原因は、ピンジャックを使ってのMDへの収録だと分かりました。ピンジャックを使っての録音が、自動的な音量の加減ができなくなることによっておこることが分かりました。直接MDではなく、デジタルUSBメモリーに収録すればそれが防げることが分かりました。その録音が残っていたのです。ダメもとで一度話してみることにしました。イントラと様々な対応について話し合い、とてもよかったと思いました。
14時には、また新しいレッスン生がやってきました。この方は最近大学のオープンカレッジに来るようになった方で、うたごえとアコーディオンの教室に入っていました。将来何としても保育士の資格を取りたくて、何回かチャレンジしたけれど、二次試験の実技で落とされたので、何としてもピアノを学びたいと話していました。試験に受かるためのピアノの伴奏法があることを話したら、私のレッスンを受けることになり、名取から電車とバスでやってきました。課題曲は簡単な曲ですが、やはりピアノの右手と左手の動きがバラバラです。練習法を教えてあげる必要がありました。レッスンが始まって、課題曲を右手から練習して柔らかく弾くことを指導しました。その後に左手の伴奏の付け方、何も難しいばんそうではなく、コードを触るような感じで、意識しなくても弾けるように指導してあげました。1単位45分のレッスンだけでも結構見違えるように上手になりました。
何としても保育士の資格を取りたい理由を話してくれました。家庭の厳しい状況や夫婦関係や親との関係などを、話していきました。聞かなくても話したい理由があったのでしょう。レッスン料も始めてなので、体験レッスンとして、今日は半額だけ頂きました。体験レッスンは半額なのです。でも音楽は積み上げ学習で、レッスンの必要性や系統性を話したら、7月分を予約し、あと3回分を前納で支払っていきました。本気でやる気があるような方だと思いました。
帰りは近くの保育所に人を訪ねていくと話していたので、そこまでの行き方を教えてあげました。保育所は何と私のスタジオから近くにありました。
喜んで帰っていったのが印象的でした。何か今迄の胸のつかえがおりたようなそんな感じでした。
レッスン中は、イントラはパソコンの作業をしていましたが、帰った後は、イントラとまた話し合い、これからの日程や段取り、新しいCD制作の件などを話しました。イントラも意欲的で、スタジオ音響をさらに改良してくれ、収録のトラブルがないようにしてくれることになりました。やはり音響は、結構理論的にも実際的にも、難しい内容があります。音割れや雑音の原因を突き止め、ちゃんと直すことができるからです。今回は機材の組み換えを行い、これからはUDBメモリーへの、直接デジタル収録をすることにしました。。
今迄のようなMDへの収録を通さないで、直接デジタル収録からパソコンへという流れにすることにしました。いろいろ話し合い今日も勉強になりました。
イントラが帰った後は、私は仙台港近くに給油に行きました。帰りに蒲生の舟の係留地に立ち寄りましたが、津波が押し寄せ荒涼としていた河川敷は既に緑で覆われ、風景が一変していました。草が生い茂っていました。舟が草に隠れるほどで、静かに横たわっていましたが、段々朽ち果てていこうように思われました。修理してくれると言ったおじさんからは連絡が来ません。やはりダメなのかとも思いました。
帰る途中、蒲生や岡田を通りましたが、今でも田んぼの中には、流された車が至る所に転がっていました。まだ瓦礫の撤去が済んでいない風景がありました。車も段々朽ち果てていくように思われました。田んぼの中には、流された小さな舟もありました。この舟は私の舟より立派なので、誰も撤去しないなら私がゴミとして回収し、頂こうかなとも思う程でした。
今日は18時から私の番組の放送日でしたので、急いで18時丁度に家に帰り、番組を聴きました。先日収録した番組が流れていましたが、今では安心して聴けるようになりました。30分間、落ち着いて聴くことができたし、レッスン生のお客さんが入ってもらって、盛り上がった感じがしました。
番組が終了してから、市内の銭湯に行き入って来ました。帰りにはデジカメの画像を写真にする必要があったので、コンビニに寄って写真にしてきました。
カルチャーセンターのレッスン生で、撮影したのに写真をくれないと言って辞めていった人に差し上げるためです。今迄一眼レフだけで、デジカメを全く使っていなかったので
撮影したことさえ忘れていました。それも震災前のことで、震災以降の物凄い忙しさの中ですっかり忘れていました。そのことを直接話せばいいのに、事務局の方に話したのでわかったのです。その方には事務局から届けてもらうことに話しましたが、今度レッスンに復活してきても、私は、その方のレッスンはお断りしたいと思いました。
というよりその方の辞めた後には、キャンセル待ちの方に入っていただくことになっていますので、新たには、もうレッスンを受けることができないかも知れないのです。ヴォーカル教室にはキャンセル待ちがいるのです。
写真を差し上げなかったことを、事務局に告げ口して、簡単にレッスンを辞めていくような方には、再びレッスンを受けて欲しくないと思いました。
今の時代は本当に便利です。データ-を持参すれば、コンビニで写真を買うことが出来る時代になりました。1枚30円で綺麗な写真が手に入ります。
家に戻って、夕食タイム、今日は朝に料理し、持参した具材や食材があったので、それで夕食です。卵焼きや、焼き油下、数種類の野菜のサラダ、サクランボでしたが、それだけで十分でした。ご飯も食べられない程でした。ビールや焼酎を頂き、今日も無事過ごせたことを神様に感謝しました。
明日は、久しぶりのオフの日です。キャンピングカーを修理して初めてのドライブをしてこようかなと思っていますが、果たしてどうなるか。床屋にも行かなければなりません。次の日は歌声サークルのレッスン日、演奏会まで2回のレッスンです。こんな綱渡りのレッスンですが、私の音楽人生はいつもこんな感じなのです。でもそれだけスリルがあっていいのかも知れません。2回のレッスンで、12曲をカバーするのですから大変です。台本の印刷は依頼しました。あとは流れていくだけです。だから床屋に行って、散髪し、黒猫を締めて、気合いを入れないと始められないのです。
人生、「気合いだ、気合いだ」を指を数えながら10回唱えた方が有名になりましたが、それはもしかしたら私だったか知れないと思いました。だって今の人生は「気合い」そのものなのですから。