今日は、朝5時45分に駅にお手伝いさんを迎えに行って、即スタジオへ入り、準備活動を始めました。まず膨大なディスクの順番整理と棚への収納です。何種類ものディスクを整理ました。また、膨大な楽譜書籍もダンボールから出して書棚に整理しました。
次にモニターテレビのかさ上げ工事です。お手伝いさんといろいろ話しながら、角材を使ってかさ上げ部分を製作しました。日曜大工が好きな私は、木工作業が得意なのです。簡単に「電動丸のこ」を使って、かさ上げ部分を製作しました。
テレビの重さは相当なものでした。かさ上げ部分に載せるときに、滑らせて床面にテレビを落としてしましました。若干傷んだ部分もありましたが、大けがをしなかったのが幸いでした。でもお手伝いさんは指の皮を切って血を出してしまいました。即カット絆創膏で応急手当てをしました。物凄い重さで、お手伝いさんに重い部分を持たせてしまったことを反省しました。もっと注意して取り組むべきだったことがわかりました。でも本当にテレビを足などに落とさないでよかったと思いました。テレビを何とかかさ上げ部分の上に載せて接続したら、映ったので、故障はなかったとホッとしました。若干の傷は仕方ないと思うことにしました。
準備作業だけで2時間も経過したので、家に戻って食事を作っている暇はありません。お手伝いさんを送りながら、多賀城の飯屋で朝食をとりました。
このような場合は、外食が最適です。仙台近郊は、安くて何でも食べられる飯屋に不自由はしないのです。安いし品数も多く、バイキング形式で食べたいものを取って、その分だけ払うのです。
仙台は飯屋の激戦区でもあるのです。どこに行っても飯屋の乱立競争だからです。消費者には助かるけれど、あまりの激戦区には驚いてしまいます。
先日、仙台から多賀城への街道筋に、「餃子の王将」が出展しましたが、その周辺も物凄い激戦区で、食べ物商売は何でも揃っている地域です。だから仙台の街道筋は、食べ物商売の戦戦恐恐とした闘いが、日々繰り返されているのです。
食事が終わって、多賀城駅にお手伝いさんを送って行きました。
その後は急いでスタジオに戻り、残った作業をしてから家に帰りました。汗びっしょりで全部の衣服を取り替えてしましました。
やがて旅行から帰ったパソコンインストが家に来たので、手伝ってもらい、まだ持って行ってなかったコピー機や、カルチャーセンターや大学で使う資料、楽譜類、デッキ、音響接続コード類をトラックに積み込みました。
パソコンインストと一緒にトラックでスタジオへ、荷物を下ろして収納しました。
大家さんやエアコン業者がいて、臨時の接続でエアコンが動くことを見せてくれましたので、そのまま使うことにして、作業を続けました。
インストラクターと一緒に、音響の接続をしながら、さらに別のスピーカーをつなげて音響を良くするために試みました。
一段落したら、すでに正午を回っていたので、家に戻って食事をしました。
猛暑なので、冷たいそうめんに、いろんな具材をのせて食べました。結構なボリュームになり美味しくいただくことができました。
若干の打ち合わせの後、インストラクターと分かれて、私は仙台港にあるDIYの店に買い物に行きました。ディスク棚の木材や看板作成のためのプラスチックボードを購入、さらにその後は、銀行に寄って支 払い金を準備し、不動産屋に行きました。仙台の東から北への移動は大変ですが、近道や道路を知っている地元の人には簡単なことです。
予定時間より早く不動産屋に到着し、書類一式、契約金等支払い、事務手続きを終了しました。
終わって再度スタジオに戻ったら、電気工事業者と大家さんがいました。コンセント等は完全に取り付けられていましたが、IHグリルのための電力の外線工事が必要だということで、9月2日午前の工事を告げられました。
その後は、多賀城に引き返し、スーパー銭湯に入り、床屋で髪を切り、頭を洗い、顔を剃ってもらいました。気持ち良いひと時でした。
今日も様々な課題に取り組み、準備作業をほぼ終えることができました。
明日いよいよ開校ですが、電力工事の関係で、エアコンが使えないということなので、実質的には準備活動になるでしょう。パソコンインストラクターも手伝いに来てくれるそうです。
私にとっては、退職して丁度1年半、新しい人生の船出の日ですが、今までになく気持ち良い日になりそうです。前の職場でも退職してからでも、こんなに自由な自分はないと感じるほどです。
自分の力を信じて、周りの応援してくれる人を信じて、新しい日々に出発していきたいと思います。大学のカレッジ講座もカルチャーの講座も続けながらのスタジオですが、精一杯自分の可能性に賭けてみようと思っています。
9月1日、私の新しい人生の船出に乾杯!