今日は南中山市民センター | 仙台空手道クラブ志道館のブログ

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「仙台いずみ空手サークル」の団体名称で、平成25年1月から平成27年4月まで活動してきました。
平成27年5 月からは団体名称を【仙台空手道クラブ志道館】と改めて、全空連スタイルの空手道を稽古していく団体に生まれ変わり、活動しています。

さて今日は土曜、通常稽古の日です


◆1/27(土)   通常稽古
【場所】南中山市民センター    1階・研修室
【集合】13:45
【稽古】14:00~15:55
【内容】基本的にはミット、組手技術。
                出席者が少ない場合は形稽古も。


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昨年秋くらいからの傾向なのですが、土曜稽古への出席者数が多くなっています。これはとっても良いことであり、稽古会員をスムーズに昇級昇段させていきたいと考えている私としては、本当にうれしいばかりです。

通常稽古に足しげく出席してくれないと、技術・体力を向上させていくことは困難です。昇級昇段していくための第一歩は、何はなくとも通常稽古へのマメな出席。それこそがまず第一の必須要件です。

いっぽう稽古会場の広さ(※ 床面積)に対して、出席者数が多くなりすぎると、偶発的な衝突事故や転倒事故の発生リスクが高まります。これは道場の安全管理者としては、かなり気をつかうところになります。

出席者数に対して稽古会場の広さがじゅうぶんであれば、段階別・帯色別に分けての形稽古をやりたいところです。でも今日の稽古会場の広さでは、安全管理側に立っての思考をするならば、そういう班分けの形稽古をやれません。

そういう背景事情により、今日の稽古メニューは(基本的には)ミットと組手技術。そういう意味です。
でも今日のような広さの稽古会場であっても、もう準備時間・期間的余裕がないので、しぼりにしぼった直近の選抜メンバーだけには、自由組手の稽古時間をつくりたいです。





ところで今日のブログでは、「 恐怖と不安は別々のもの 」ということを書いておきます、恐怖と不安は、まるっきり別のものです。

恐怖とは、自分の心身や立場への加害が現実となり、そして自分自身に有効な対抗手段や回避方法がない場合におこる心情です。だから本当の恐怖と体面したときは、もし逃げることが可能であるならば、とにかく逃げることです。
まあ大抵の場合は、逃げることが不可能な状況だと自己認識して、恐怖の感情がさらに倍加していくのでしょうけど。

それでも何らかの方法で逃げられるなら、とにかく逃げることに全力を尽くすほうがいい。戦っても勝てないと直感するから、恐怖の感情が出てくるのです。つまり戦っても勝てないということを認識できているわけですから、そういう時は逃げることを考えるべきです。
または逃げることができる方法を見つけることに、全力を注ぐべきです。


で、恐怖ではなくて、不安
不安とは、将来の結果を恐れる心情です。結果がどう出てくるのかがわからないから、自分の心が落ち着かない。安心できない。それが、不安という感情です。

不安は、消え去ることはありません。将来の結果にたいして心が落ち着かないのですから、その将来の結果が現実化するまでは、ずっと不安のままでいることになります。だから不安が消え去ることはないのです。

不安を消すための唯一の方法は、将来の結果についてのこだわりを無くすこと。よい結果を期待する心がなくなれば、結果がどうあろうと気にならないわけですから、抱いてきた不安は消え去ります。

でも人間ですから、夢も希望もある。自分がめざす結果についての欲を、すべて無くすことなんて不可能です。少欲になることは可能でしょうけど、完全なる無欲になることは極めて困難です。
つまり欲を完全に打ち消せないのが人間ですから、凡人たる我々の心の中から、不安という感情が無くなることはありません。


じゃ不安とは、どう対峙すればいいのか?

その答えは、「 努力をする 」ことです。
将来の結果をよりよくするために、今の自分が努力する。今の自分を良化し続けていくことでしか、将来の結果がよくなる可能性を高めることは出来ません。

受験勉虚をなぜするのかというと、将来の結果をよりよくしたい( ← 合格したい)からです。将来の結果を、自分の希望どおりにしたいから、勉強という「 事前準備 」を積み重ねるわけです。
この事前準備、受験勉強が、つまり努力をすること、そのものです。



まとめますと、、
◆恐怖と不安は、まったく別のもの。
◆恐怖と体面したときは、逃げることに全力を尽くす。
◆不安と対峙したときは、努力を積み重ねていく。



では皆さん、後ほどお会いしましょう。