カウンセリングサービス代表の平準司です。
その日、私どもを訪れたのは、40歳ちょっと手前の女性でした。
ご相談は、ご自身がしばしば浮気をしてしまうという問題について。
ご主人が仕事で忙しく、あまり相手をしてもらえないというのがその理由でした。
ご相談におみえになるぐらいですから、そんな自分を変えたいとずっと思っていらっしゃいます。
しかし、どうしても浮気をやめられないというのがお悩みだったわけです。
カウンセリングにおいて浮気という問題を扱うとき、私たちカウンセラーはこんなふうに考えます。
浮気とは一種の中毒症状であり、「その背後には、なんらかの心の痛みがある」、と。
浮気することが、その“痛み止め”となっているのです。
アルコール、ギャンブル、薬物などの場合も同様です。
その痛み止めは、心が痛みで引き裂かれないようにと、長い間、その人を守ってきました。
しかし、やがてはその痛み止めが、その人の次の問題となり、新たな苦しみを作ってしまうのです。
「あなたはこれまで、どのような感情の痛み止めとして浮気を使ってきたんでしょう?」
私が聞くと、彼女は即答しました。
「淋しさです」
その後、生い立ちなどをうかがっていくと、父親は商社マンでたいへん忙しく、彼女のご主人同様、家にいる時間は少なかったとか。
母親はそのご主人について文句を言ってばかりいて、そして、キッチン・ドランカーだったそうなのです。
そして、子どものころは、母親のグチを聞いたり、面倒をみてあげたりするのが彼女の仕事だったとか。
そんな環境でしたから、「自分に注目してもらうことがない」という淋しさが彼女の人生を支配してきたようです。
その淋しさは、もはや飢餓感といってもいいぐらいの強い痛みを伴うものでした。
ちょっと想像していただきたいのですが、人間、何日もごはんを食べていなかったとしたら、生ゴミさえ漁りたいと思うことがあるものです。
あるいは、まったく水を飲めない状態にあったら、トイレの水さえ飲みたいとも思うものです。
そのぐらいの飢餓感、つまり、ひどい孤独を彼女は感じていて、「だれでもいいの、私のそばにいて。なんでもするわ」という自分になっていたようなのですね。
ちなみに、このようなとき、人はだれかをそばにおきたいと思う一方で、自分の孤独感に寄り添ってくれない人に猛烈に攻撃的になることがよくあります。
たとえば、ご主人のこともロマンスの時代には情熱的に愛していたわけです。
しかし、彼が自分のそばにいてくれず、「仕方ないだろ、仕事なんだから‥‥」などということが続くと、どんどん耐えられなくなっていきます。
そして、彼から「仕事に行く」と言われるのが、まるで自分を捨て、「愛人宅に泊まりにいく」と言われたように聞こえるようになっていくわけです。
すると、かつての情熱的な愛は激しい怒りに変わり、ご主人を攻撃するようになります。
ご主人は家庭に安らぎを見いだせませんから、仕事もどんどん忙しくなっていく(みずから仕事を忙しくしていく)というわけです。
そこで、カウンセリングではまず、現在の彼女は2つの側面をもっているということをお話ししました。
「誰でもいいから私を愛して!」という思いと、「私のそばにいてくれないなら、死ね!」という思いの2つです。
「たしかにね‥‥」、そう言って彼女は大笑いしました。
そう、彼女はまるでイガグリのような状態で、パートナーに「お願い、私をハグして」と言っているようなものなのです。
さらに彼女に話したのが、ありとあらゆる怒りは、「愛してほしい」、「わかってほしい」、「助けてほしい」が言葉に出して言えないときに感じる感情だということです。
そして、ご主人に対して怒りを感じ、攻撃する代わりに、どのように愛を伝えるか、どのようにわかってほしいことを伝えるか、そして、どのように助けを求めるかということの練習をしてもらいました。
それを続けるうちに、彼女の攻撃性はどんどん和らいでいきました。
それに伴い、ご主人も彼女に近づきやすくなり、彼女がいちばん望んでいたことが叶えられることとなったのです。