こんにちは、亜希ですハート




高いビルを過ぎたら

澄んでいるわけでもない海が見えてきて


あ〜帰ってきたんだな

と思いました




先日から、実家に帰省してきました



住み慣れた土地から離れて

まだ半年も経たないのですが


帰ってくると《地元》だな

という感覚がじわじわと滲んできましたね




私にとっては40年程過ごした《地元》


でも、そうでない人から見たら

ただの街で




私が決めた見方でこの街を眺めて

いろんな思いや景色が結びつくから


懐かしくも嬉しくも思うのですね




帰る場所があるのは、実家があるからで

実家があるのは、両親が健在で


私が帰っていい場所だからです




昔はどこにいても


「私はここにいてもいい」

「私の居場所なんだ」


そんな安心感が持てませんでした




実家にいた時も、夫と住んでいても

自分の家でもあるのに


誰かの家にお邪魔しているような

誰かの許可がないといてはいけないような


そんな感覚がありましたね




「ちゃんとしなきゃいけない」家

だと、私が思っていたから


「安心してくつろげる」家

ではなかったのだと思います




いつのまにか条件が付いていて


「ちゃんとした」私であれば

家にいられると思っていたのだと思います




私は…


立派な大人でいなければ

親に受け入れてもらえない


と勝手に思い込んでいました



子どもの頃に、いい子でいなければ


親に受け入れてもらえないと

思い込んだから



そのまま大人になり

無意識に同じ見方をしていたのです




離婚問題で窮地に立たされた私に

どこまでも両親は優しくて


でも、本当はずっとそうだったのに


「いい子な私でいないと愛されない」

が私のなかの前提だったから




私が自分で《できていない》

《よくなかった》と判断したら


相手のどの言葉も態度も、責められている

ダメだしのように見えたのです


(自分が自分を責めてダメ出ししていたからです)




親にどう見られているかを気にして

機嫌を伺って、さりげなく気を利かせる


親ペースに合わせていれば

なんとなく役に立てていれば




安心だったし

ただの何者でもない私は受け入れられない


と思い込んでいました




ずっと陰の私をダメなものとして

抑圧していたから


私の半分は、いないものになっていて

その半分が生きていない感じが




《寂しさ》や《心もとなさ》《虚しさ》

につながっていたのですね




ダメなもの、ないものとされていた

私の半分が生き始めたから


やっと《自分がいていい居場所》だと

落ち着けるようになりました




自分の中の無意識のルールが多くて

守らなければと固く信じていたから


自分に厳しすぎたのです




どんな私でもいいんだよ


いい子でなくても、できなくても

失敗しても、かっこ悪くても

惨めでも、情けなくても…




その確認の繰り返しで


自分のなかの緊張感が

少しずつ解けていきました




親や家族とうまくいかないとして


見方を決めたのは、子どもの自分です



そのままにしておくこともできるし

大人の今の自分で、過去を振り返り


違う見方を知ることもできます




本当はどんな出来事で

私や周りはどう思っていたの?



違う視点や立場を知ることで

あの時の自分や思いが報われて


今の自分が少しずつ楽になっていきます




うまくいった今日も

うまくいかなかった今日も

後悔した過去も、泣きたかった日々も

いつもありがとう

全部、ありがとう

 

 

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※名前を《せり》から変更しました