こんにちは、亜希です![]()
数年前、壊滅的な夫婦の不仲から
子どもの連れ去られました
その時期に
こんな母親なら
いないほうがよかったのではないか
と思うことがありました
当時、夫への怒りや恨みは多々ありましたが
夫だけのせいとは思っておらず
夫婦で解決すべきことに
子どもを巻き込んでしまった
それが私にとっては
悔やみきれないことでした
今まで1番そばにいたはずの
母親に突然会えなくり
知らない土地でいきなり転校
意味がわからなかったと思います
裁判を繰り返しても話が進まない
時間ばかりが経ってどうにもならない
ただ、早く元の状態に
子どもたちを戻してあげたいだけなのに
状況は複雑になっていく一方でした
子どもを守れなかった
つらい状態に置いてしまった
しなくてもいいような経験をさせてしまった
我慢もさみしい思いもさせてしまった
私が母親でなければ
こんな母親でなければ
そのほうが
子どもたちにはよかったのではないか
いっそ、私が
消えてしまったほうがいいのではいか
現実が理不尽に見えて
なすすべがなくて
自分にはどうにもできなくて
私がダメだったのではないか
私には存在する価値などないのではないか
そう思わずにはいられなかったのです
でも、自分を責める思い、否定する思い
本来の私の悔しさ、悲しさ、つらさ、虚しさ、惨めさ、情けなさ…
1つずつに向き合っていって
その途中で気が付きました
何がどうであっても、私は
世界でただ1人の子どもたちの母親で
子どもたちにどう思われたとしても
世間的に可哀想に見えたとしても
「子どもたちの母親」という人物は
私以外にはいなくて
どんな母親代わりも母親にはなれない
そうであるならば
過去のできなかった、やれなかったことを
見つめるのではなくて
私は今ここから本当はどうしたいの?
できるできないではなく、何が望みなの?
と視点が変わっていきました
私の望みは
自分自身はどう変わってもいいから
子どもが両親の愛情を受け取れることで
子どもの近くにいて、親として
子どもたちの日常に関わることでした
向き合う中で
自分の嫌な部分も見ていくし
思い出したくない出来事を振り返って
つらく感じることも多々ありました
でも《子どものため》に
何とかしてあげたいという思い
これで終われない
納得できる人生にしたい
その気持ちがあったから
結果が出るまではやめないと
腹をくくっていました
子どもに無視される、避けられる
裁判官にも同情されるほど
酷い資料が夫から出てくる
それでも…
「はい、そうですか」
とは終われなかったのです

過去の私には、遠すぎる現実で
高すぎる目標だったけど
その途中に
子どもの闘病&寛解、裁判の取り下げ
(離婚せずに)財産分与が進み
夫婦仲も親子関係も
今が1番良い状態になりました
後悔も上手くいかない現実も
丸ごと抱きしめて
納得できる人生にしよう
そんなふうに思います
他人を変えなくても大丈夫です
自分が変わることで自然に動き出します
もう十分1人で頑張った
どうしていいかわからない
そうだとしたら
やり方を変えるときかもしれません
最後まで読んでくださり
ありがとうございます![]()
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※名前を《せり》から変更しました


