きょうだい児で
子の連れ去りにあった別居親で
子どもに会えませんでしたが
UMIに出会い、人生と生き方が変わりました
今は小児がんで入院する子どもと
きょうだいのために夫と協力しつつ
カウンセラーの勉強をしています
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ある日、私に用事があり15時までに
夫が病院に来ることになっていました
その前日に、夫が
15時に来れると思うけど
不測の事態があるかもしれないから
遅れるかもしれない
と言いました
私が出かけるのは、15時ちょうどではなく
数十分ゆとりがあったので
実際に出かけるまでには
時間があるから大丈夫じゃない?
と言いましたが
いや、それにも遅れるかもしれないから
遅れたら、気にせず出かけてほしい
と言われました
遅れるかもしれないから
先に遅れるかもしれない、と伝える
親切で丁寧で律儀ですよね
以前の私ならそう思いました![]()
これって心の動きとしては
まず、本人が時間を守りたい
時間を守らなければならない、が
本人のルールとしてあって
他にも
人に迷惑をかけたらいけない
等があるかもしれません
あらかじめ、わざわざ遅れるかもしれない
と伝えるのは、配慮でもある一方で
遅れたとしても許してほしい
というのもあるでしょう
そうだとしたら
遅れる自分は許されないと思っているし
誰より自分が遅れることを許していない
ということだと思います
もう1つ
自分が来なければ〇〇してほしい
と言うのも、一見配慮にも思えますが
そう【自分】が伝えておかなければ
相手が困るのではないか
もっと言うと
相手には対処できないのではないか
と思っているとも、言えると思います
この場合、夫から見た相手は
私と子どもなので
夫が遅れてしまうと私と子どもが困る
になるのですが
全然、大丈夫なんですよね
私も子どもも全く気にしていないし
子どもが入院したばかりとか
体調がすごく悪いとか
親がいないと困る年齢とか
なら分かるのですが
子どもも都合がつかなければ
長くて2時間くらい1人の時もあって
慣れてるんです
正直、自分1人が影響を与えられる範囲は
そんなに大きくないし
相手にも力がありますから
任せていいと思います
けれども、意識レベルで言えば
おそらく夫は、逆の立場は許せない
と思います
遅れるのに事前に教えてくれない
遅れそうなのに配慮してくれない
モヤッとイラッとすると思います
頭で、人には優しくと思って
人には言わないように自制してる人も
いるとは思いますが
自分はダメで、人には良い
そんな複雑なルールは
自分の内側ではできないです
色々書きましたが
夫を批判している訳ではないです
私がそうだったから
すごくよく見えるだけです
私が同じルールを持っているから
夫を通してそれを現実として認識しているし
100%採用していたところ
50%とかに減ったから
(0%じゃないです)
どちらでもいい、が
選べるようになっただけです
それしかない(100%)で捉えていたら
それ以外は見えません(無自覚です)
でも、ルールを緩めたら
その他も見えるし、選べるようになります

そうやって生きづらさも減っていきます
自分にないものは見えません
0か100、白が黒だけだと苦しいです
自分を許せるから他人も許せる
他人を許せるからイラッとモヤッとしない
他人の言動が気にならなくなる
他のことにエネルギーを使える
そういう循環でもあると思います
仮に今、自分の中に【それ以外】がなくても
自分で見える範囲を広げていけばいい
そういうことになります![]()
アクセス数が多い記事です
過去の私が諦めずに続けてくれたから
ここまで来られました![]()



