神経芽腫丸5年目と検査結果 | 難治性神経芽腫と闘う息子

難治性神経芽腫と闘う息子

神経芽腫を発症して丸9年。難治性神経芽腫、多発骨転移。
化学療法、手術、大量+自家移植(3回)、放射線、レチノイン酸内服、MIBG内照射。
現在、内服治験参加中。

息子くん、本日から休校となり、ダラダラ生活ですアセアセ


先週末、お風呂洗剤を買いにドラッグストアへ行ったのだが、まだこの騒動を知らずにいた私はみんな買ってるから不安になりトイレットペーパー・ティッシュ・キッチンペーパー・生理用品も買ってしまった(1つずつ)ショボーンガーンもやもや

後から知ったデマ情報・・・

時すでに遅し・・・タラー

この後もスーパーから冷凍食品やらお米が品切れポーン

その光景を見るととっても不安になる・・・

どーなってしまうんだ日本は!!


遡ること2月13日、この日は治験定期受診がありました。
採血結果は異常なしウインク


先月の採血結果
(1/14と比較)

赤血球 347→336
白血球 10.3→7.3
Hb 11.5→11.1
血小板 27.4→24.4
クレアチニン 0.56→0.52
ALP 813→916
CRP 0.18→0.09

腫瘍マーカー
NSE 28.9→27.8(溶血)
HVA 6.3→6.8
VMA 4.3→4.3

オラパリブ治験23クール目に突入しました。

そして、この日は神経芽腫が発覚して丸5年目。
5年生存率45%と言われたあの日。
1年後の事なんて考える余裕などなく、ただひたすら治って欲しいと祈り続け、毎日の治療を見守るだけだった。
10ヶ月の治療を終えたが残存。
そして、主治医からの元気で過ごせる期間が2年と聞かされ、不安ながらも小学校生活に突入。
MIBG治療にもトライ。
2年経過し、病変にもさほど変化なく、またもや主治医からは元気で過ごせる期間が2年と・・・
オラパリブの治験に参加し現在に至る。
あれから、また2年が経過した・・・

またT病院の先生にお尋ねしないとな。
元気で過ごせる期間はどれ位か・・・
聞くと悲しくなるが、でも聞かないと・・・
出来る時にやれる事、経験させてあげたい事をしっかりと実行したいから。
主治医はダメな時はちゃんと言いますからと仰ったが、それじゃホントに何も出来ない時になってしまうから・・・
私はあえて元気で過ごせる期間を聞く事にしている。
私のメンタルも強くなったのか!?
この1年間は病気の事を考えて泣くことは片手程の回数で済むようになった。
息子くんの神経芽腫を治す事はとっても難しい事なんだと認識。
覚悟もしている。
でも諦めた訳ではない。

オラパリブ治験も今年いっぱいで終了なので、次の治療の事をT病院、I病院の主治医と話しています。
T病院の先生からは来年あたりに認可されそうなGD2抗体の治療をすすめられた。
認可されるまでは以前のテモダール+ハイカムチンを毎月ではなく、間隔的にやってみてはどうか?との提案あり。
テモダール+ハイカムチン治療には賛成だが、GD2抗体の治療は少しでも悪化した時にやりたいと思っている。
苦痛を伴う治療は現在の様な安定していて元気な時にはやりたくない。
その旨を伝えたが、T病院の先生はむしろ元気な時にやった方が良いと・・・
そして、I病院の先生はテモダール+ハイカムチン治療に戻るのは・・・あまり賛成じゃないようだアセアセ

そこでI病院の先生から『MRD検査』を提案されたのだ。
MRD検査→微小残存を検出する検査で神戸大病院の先生が来てやってくれるらしい・・・
骨髄の検査の様です。
今後の治療の参考にもなるのでやってみようとは思いますが、夏休みかな?

ちなみに、息子くんはALK陰性だったようなので、ALK分子標的治療?は出来ません。

元気で過ごせる期間が延ばせる治療を探さなくては!!

話が変わり、2/15国際小児がんデーのこの日、チャリティーLIVEに行って来ました!!

息子くん、楽しみしていたピコ太郎さんを生で見ることが出来て、すごく喜んでいました爆笑音譜
母は新羅慎二さん(若旦那)の湘南乃風の純恋歌とmoumoonさんの歌に激しく感動えーん
そして、倖田來未さんとELTにテンション上がったーチューアップアップ


そして2/16,17とMIBGシンチ検査。
結果は変わりなしでした。


コロナが蔓延している今、定期受診の為に電車に乗って都内まで行くのがすごく怖いガーン

学校が休校なのに電車に乗っていたら遊びに行くのかと思われはしないか?
色んな意味ですごく怖い滝汗