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頭と心とウンコな議論

先日記事を書いた、
「人生の科学」
と正反対の主張の本がある。

頭で考えることと、心で感じることは異なる。
ウンコな議論というのは、誠実さのかけらもないような言葉のことらしい。
例えば電話保留中のメッセージで、「お客様の電話は全て大切です。」というもの。
(大切であればそもそも保留にしない)

無意識の感情によって行動が決まるという考えで、頭より心に訴えることが大切?
感情に従うことは危険?
どちらかの主義に別れるものでしょうか?

私はウンコ議論を撒き散らしているかもしれません。
正気に戻れるよう努力します(ウンコ)


文化の不平等

以前、猫とゴキブリに対して感じることの比較をした記事を書いた。

猫は可愛い?

なぜ、猫とゴキブリに対して感じることが違うのか。
写真の本の236ページによると、文化が違っても人間ならば共通していることがあるという。どの国で生まれたとしても、少なくとも幼いうちはほとんどの人がクモやヘビを怖がる。

ゴキブリが気持ち悪いと感じることも、石器時代から人間の遺伝子に記憶され、代々受け継がれているていることなのだろう。



それに対して文化は不平等というのは、生まれた国によって異なるということ。

物事の考え方や、意思決定ばかりではなく、能力の高さや寿命まで異なるという不平等!
その不平等は、生まれたあと世界のどこにいったとしても無意識に影響を及ぼすらしい。
異なる文化の無意識を理解することは、思ったより難しそうだ。

哲学と、論理的思考について

哲学と、論理的思考についての記事を読んだ。
哲学と論理的思考についての記事

ある物事を理解しているか、理解できていないかは、他人に具体的に説明できるかどうかで分かるという。
面白いと思ったのは、哲学書を書いている人は物事を理解できていないということ。
それは、文章がとても抽象的だから。宗教なんかもほとんどそうなのではと思う。
難しそうな、哲学書風の文章しか書けない人は論理的思考ができていない。

つまり、私も論理的思考ができていない。
つまり、物事を理解する力が弱いのである。

例えばゴルフのスイング。。
スイングの支点が胴体といっても、胴体のどのあたりなのか。具体的に説明することができない。
実際は、身体で感覚を覚えるしかない。