『人間の感情はその脳の発展した構造からきわめて複雑化しており、簡単に区別・分類できるものではないが、基本的には食欲や性欲など本能的な欲求にかかわる感情と、人間が独特にもっている尊敬や慈しみなどの感情に大別することができる。情動とは医学や脳科学の専門用語として前者の感情を指し、人間的な感情とは区別して考えられている。情動を構成するものは「快情動」と「不快情動」であり、食料を得るための「接近行動」は快情動、敵に対する「攻撃行動」や「回避行動」は不快情動によって引き起こされるものであり、生物として生存するためにきわめて重大な役割を持っている。』
以上はウィキペディアからの本能に根ざした「情動」について説明です。反面、「理性」というのは、こちらは国語辞書からの抜粋で以下の意味であります。
『1 道理によって物事を判断する心の働き。論理的、概念的に思考する能力。 2 善悪・真偽などを正当に判断し、道徳や義務の意識を自分に与える能力。』

まあ、ぶっちゃけた話、
ざっくりと固い話は抜きに、理性には体力的に限界のあるものというのがようわかります。
理性によるストレスはいったいどこに逃がしたらいいんでしょうか。
特に今の民主党政権というのは、非常に女性的であります。これははっきりと悪い意味で言っております。
女性というのは男より一見感情的に見えるんではあるけれど、いざ社会規範に組み込まれると、男以上に情動に無理して逆らい、哀しいほどに理性的に振る舞おうとされる。昨今の女性特有の癌発症も、ここ30年で飛躍的に増えている。男女雇用機会均等法から26年、だいたいその前後から増えて来ている。
ここにも哀しい一致を見せております。

やはりこれらは何を意味しておるかというと、女性の社会進出に名を借りた「女性の男性化」という不自然な生き方に起因してるんではないかと考えられます。乳がん、子宮がん、今話題の子宮頸癌。昔もこういうのはあったけれど、ここまで多くはなかった。よっぽど無理して自ら元々1000年以上男性用にしつらえられた枠組みに、ここ30年そこそこで合わせようとして来た結果ではないかと、自分は思っている。フェミニストの殆どを敵に回すことになるが、女性はなぜこうも、社会進出にこだわるのかがようわからん。
社会主義始めとする進歩的な吹き込みの常とう手口というのは、1にも2にも対立構造を煽るところです。階級の対立。性差の対立。とくに1000何年来続いて来た「男は外で仕事、女は家事育児」という形。本来これがほ乳類的には自然なシステム、形だったわけです。ところが人間だけは妙に理性というものを持ち、個人個人で考える能力もたまたま持ち合わせているので、そこへ、「あなた、もしかして損していない? あなた一人でも自立して幸せな人生を送る方法だってあるんやで」なんて吹き込まれたら、ふ~ん、そうなんかなと、「頭」で考えてしまうのが人間なのです。この頭の新皮質だけで考え判断してしまうから、本能や運動を司る脳の部分と折り合いが悪くなり、ストレスもかかる。ホルモンバランスも当然狂って来て、免疫力も低下し、これまでに罹りにくかった癌なんぞにいとも簡単に罹り易くなる。

また、進歩的な考えのおよぼす悪影響は何も人体だけではない。その子孫にも悪影響を及ぼすということに、現代の女性の方々の多くは無防備です。男もわかっていない。フェミ系のいろんな子育て論が百花繚乱だけど、子供にとっては女親がもの凄くだいじなのである。
そらそうだ、染色体レベルで考えても、最初はすべて女ですから。本能的に適しているのは当たり前です。長期間子供と四六時中一緒にいるぐらいで、心身ともにバランスのとれた善良な大人に育つ。幼児の頃に母親に十分な愛情をそそがれなかった子供は、対人関係でうまくいかない大人に育ち易いということは有名な話で、これは当然そうなるんです。犯罪や自殺、精神疾患に進むリスクも高くなる。科学的に正しいのです。例外もあるが、うまく育ったのは運良く例外と思うくらいでちょうどいい。
『頭』で愛情を注いでいたつもりでも、子供にうまく伝わらないのは、肉体的なものが伴わないからです。ゆうべ日テレでやってたドラマ『ゴタ消し』で出て来た母娘の関係なんぞはモロにそれ。

次に、これはヤフーの少子化トピでわしが散々吠えてきたことだけど、女性が均等平等に進出することで、仕事と賃金そのものがフリッキングをおこすという弊害もある。特に今のような不況だとそういうのがたぶん如実に出てるんじゃないですか。パイの数は決まってんですから、そらそうなるでしょ。
そして、家族バラバラで、一人一人が自立してしまうと、一人あたりの生活水準を上げようとするならば、とんでもない賃金が必要となってくる。おしなべて低賃金に甘んじなくてはしょうがない。こういうのは小学生でもわかる算数の問題です。
家族を1単位としたほうがどれほど経済的かということです。

だから、家族から男女を分断対立させ、親子を幼少時の社会による引き離しによる、将来予想される離反によってすべて個人個人になる。誰がこれで得をするのかということです。
気ままな生活、確かにそういうのは甘美な響きはある。しかしそれで人類の未来、日本国の未来はバラ色になるのかというと、グロテスクで最悪なものになるのだけは朧げに予想できる。
従って、保守というのは、ほ乳類の基本と覚えておいたほうがいい。
たかだか150年そこそこのドイツの学者にそそのかされた「頭」の中の空想でどうにかできるなんてのは、人間の傲慢であり妄想というのががよくわかるし、
現在進行形の日本の歴史がそれを証明してくれている。

さらに付け加えるとするならば、敗戦後、旧憲法と修身を捨て去ってしまったことが致命的だった。
上のタイトル、そらオマエ逆ちゃうんけ!? と言われそうであります。
まあ、「逆もまた真なり」ちゅうこともおまっからな(そういう意味で使うんやったけ?)。
で、クリケッツ、前のボビー・フラー・フォーのところでも書いてた通りバディ・ホリーのバックバンドから長く細々と、今もひょっとして現役で演ってんのかも知れません。バイオグラフィについては、クリケッツでググって見れば、もっとまともな情報も手に入ることでしょう。
で、クリケッツってやっぱり、ロックンロールの時代に出て来たグループの中では、ちょっと異色の品の良さを持ち合わせているようです。やはり、バディ・ホリーが甘く切なくメロディアスなロックンロールが特徴的だったってのも、クリケッツのカラーでそうなったのか、バディ・ホリーのセンスでクリケッツもそうなったのか、そのへんもあんまりよくはわかりません。
それにしても、ビートルズが英国から登場する前夜のアメリカってのも、わりかし面白いバンドが活躍していたというのを知る上で、クリケッツやカスケーズ、ジェイ&アメリカンズなんぞは妙に引っかかって来ます。特にやっぱり、ブリンズレー・シュワルツがクリケッツの「Don't Ever Change」を全くの完コピで、ピアノの音色も全く忠実に、ほとんど同じ音を出しているのが興味深いのであります。どっちがどっちやらわからんようになってしまうぐらいです。6曲目の「Pretty Blue Eyes」にしてもニック・ロウは好きでしょうね~こういうの! ほんまにブリンズレーのラスト作品かニック・ロウの作品を聴くような錯覚を起こします。しかし「Love Is Strange」はもろバディ・ホリー、、、というより持ち歌か?!

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政治的なネタばっかりちゅうのものぉ~……。はっきりゆうて疲れてくるのぅ。
RDMといっしょでテンションが上がって来てええねんけどやな。
そこで一気にそういうのを根こそぎ下げてくれはんのんが、我が阪神タイガースの真弓じゃ。

最近はアレなんやな? オープン戦のくせに値打こいてんか知らんけどナイトゲームでしよんねんな。知らんかったワ。
きょうみたいにドームやったからええけど、この時期、甲子園とかやってみ~、小便ばっかり言ってなあかんやんけ。スタンドはガラガラでトイレのほうが満員じゃ。
アカン! この時期は昼間でも球場なんか言ったらアカン。
それでのうても、なに? ヒット4本、それも散発。0点。。。アホか。
オリックスとの初戦も0点やったやないけ、ええかげんにせえよほんま。

真弓って監督はホンマ動かんな! 初戦はワシ、テレビで見とったけどオマエ、ノーアウトでランナー出てもなんもせえへんやんけ。7回だったかのチャンスもキャッチャーの藤井がショートゴロでそのままゲッツーとか、
俊介もランナーで出て、特に走るそぶりも見せへんしよ。
何やっとんねん真弓はベンチで。
解説の田尾もイライラしとったぞ。

去年の阪神な~、たぶんな~、岡田が監督やったら5ゲーム差つけてリーグ優勝しとるわ。
吉田監督でもしとったわ。
だいたいな、3割打者5人やろ、100打点3人、160安打以上が、
マートン214本日本新記録筆頭に、新井177、鳥谷173、
平野172、城島168、ブラゼル167、、、、
こういうのは前代未聞の強打線やど。過去に例が無いで。(ワシはこう見えても記録オタクでもあるんじゃ)
これでも優勝でけん真弓は、去年のうちに解任しとくべきやったな……。
才能が無いってこっちゃ。久慈にでもやらしとけ。

まあしかし寒いのぉ~。。。$せみま~るとRDMのブログ-おっさん