我が日本国は、1945年にアメリカとの戦争に敗れ、アメリカの占領国となったことを、知らない人も居るというから、正直驚いてしまいます。その上で、『思いやり予算』という言葉がしばしば一人歩きしている変な国でもあります。日本は占領国アメリカに日本国憲法を押し頂き、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」の憲法前文にもあるように、憲法9条のもと世界に向け非戦を誓ったのでありました。しかしながら、中華人民共和国・ソ連は左翼勢力一党独裁のとんでもない覇権主義国家で、今現在の有り様をみても、当時と特に変わった様子はないというのが、実態です。多少昔と違った点は、暴力団が経済ヤクザになり、フロント企業を看板に据えて一見合法的に営業してるように見えるようになったぐらいもので、覇権主義膨脹志向は相変わらずそのままといったのが正しい見方です。だから友好やパンダに隠されて気を許している分、危険度はもっと増しているでしょうし、擦り寄り方や分捕る技法もここ40年を見ているとかなり巧妙化しているのは窺えます。そういうような平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼しながら、自衛隊は持ってても専守防衛の正当防衛以外の武器使用は認められず、集団的自衛権は有しても、同盟関係であるアメリカ軍が目の前でやられていても、見殺しにするというケッタイな法解釈もする。まともな神経では考えられません。それなのに、平和を一応享受出来てるのは、思いやってるはずのアメリカ合衆国の軍事力のお陰であるというのは、いったいどういうことなのであろうか?? そらオマエ逆さまとちがうんけ? ワシがアメリカ人やったらたぶん文句言ってるだろうし、アメリカに日本人が風呂上がりみたいなボケた顔して遊びに来よったら、絶対日本人にイヤガラセの一つもするだろうと思う。「おまえらジャップは誰のお陰でええ思いできとる思とんじゃ。ボケ~~!」「何が哀しいてオマエ、何年もあんなヘンピな島で訓練せなあかんねん、オマエら守る義理なんかないんやどコラ」「どんだけ、オマエんとこの飛行場、パイロットが気ぃ使うてるかわかってんのかボケ」。。。ま、ワシがアメリカ兵だったらたぶんこれくらいの下品なことを英語で言うでしょうな。例のメア氏も思わずホンネを出したに過ぎないし、3年間沖縄に駐留してみてそんな風に映ったんでしょう。沖縄県民も怒る相手を間違ってますね。怒るんなら日本の政府と思います。とくにここ2年のハトがタネまいた普天間だ辺野古だ徳之島だのと言ったゴタゴタ。一番沖縄をナメてんのは民主党とプロ市民といった貴族階級の人らです。新聞やニュースでは伝わってきませんけどね。
 
 で、思いやり予算に戻るが、思いやり予算とは『防衛省予算に計上される在日米軍駐留経費の通称であり、日米地位協定(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定)及び在日米軍駐留経費負担特別協定[1]を根拠に支出されている。』(ウィキから)とある。英語の公式表記ではHost Nation Support(駐留受け入れ支援)と言うらしい。
 
 じっさい、ぶっちゃけた話、同じ日本人として、妙な憲法でがんじがらめで自衛隊を縛り付け、仕方なく「アメリカさん守ってね」と、駐留して頂いているアメリカ軍に対し「思いやりで援助したってんねん」は無いんとちゃいまっか。悪いけどワシ、恥ずかしいて言えませんね。横田、厚木、岩国、三沢、普天間、あっちこっちに米軍基地があるけど、何も朝鮮有事や中国のプレゼンスに備えてだけにそこに駐留しているわけじゃない。武力による外交手段を憲法で禁じられてる日本の安全を補う目的で居てもらってるんでしょ。だったら、思いやってもらってんのは日本のほうやないか。アホかほんま。
 安全をアメリカに金払って買うてるんやないけ!
 
 もしこのまま、沖縄や日本中から米軍が一人残らず去ったら、どういうことになる? ここでもやっぱり憲法を持ち出して「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意しよう」となりまんのかいな(笑)魚の目タコの目で、日本の水源を、日本海の売るほどの天然資源を今か今かと狙って、共産党主導のもと日本買いしまくっとる国が待ち構えてんのに、ほんまにええのん? そういうのを平気でバックアップする民主党のまんまでええのん? 公正信義の国の中国さんは日本海のメタンハイドレードのエネルギー効率まで調べつくしてる貪欲さなんですってよ。
「思いやり」とか言って、「思い上がってる」場合じゃないってことだけは確かですね。

 ただちに占領国憲法破棄、自衛隊法改正。あんまり時間は無い。
 ブログなんかのんびり書いとる場合ちゃうぞ、、、
 プログレ系も1発何かいっとこかと、考えた挙げ句、京大受験でケータイ・カンニング事件があり、今が旬ならこれやのぅ~(!?)、と、キャラヴァンの『カンニング・スタンツ』でもいっときますわ(そのままやんけ…)。
 プログレ系もワシ、けっこうものによっては好きなんです。1曲がやたらと長くてシンフォニックすぎたりすると、だるくなってくるんやけれども、それでもたいがいのものなら聴きます。特に4大プログレの類いも好きですし、カンタベリーものの中なら、ポップなこのキャラヴァンなんぞは大のお気に入りでございます。キャラヴァンの魅力は牧歌的なメロディー、風情と、精緻なアンサンブルの組合わさった、魔法のようなサウンドです。そしてやはりカンタベリー系プログレ特有のキーボード類がやはり小気味よく、さりげないパイ・ヘイスティングのヴォーカルとも相俟って、独特の叙情世界を形づくってくれているのが魅力でんな。
 本作の6作目ではバイオリン、チェロなど弦楽器もフィーチャーされ、ジャジーな中にもクラシカルな展開も見せている。これまでのアルバムも、2nd以外はどれもポップであったが、6作目にして名作『グレイとピンクの地』を更新したような洗練度を見せているのが、『カンニング・スタンツ』のような気がします。またこの胴体だけ透明人間が、スカスカチェックのスーツを着て後ろ向きでポーズを取る、ヒプノシスによるジャケット・アートも英国的まるだしな人を食ったセンスだし、あらゆる意味で何度聴いても飽きがきません。そしてキャラヴァンといえばどのアルバムにも15分前後の曲を入れており、本作にも当然入ってます。変拍子や転調の緩急の妙が飛び出れば、もうキャラヴァン節炸裂ですね。「The Dabsong Conshirtoe [parts a.-f.]」がそれです。18分あります。全然長く感じません。もっと聴いていたい感じやね。
 しかしながら、本作での一番ええのは2曲目「Stuck In A Hole」、やっぱりこれで決まりですね。カンタベリー・ポップの王道的チューンです。大好き。CDにはシングル・ヴァージョンも入ってました。
 まことに品が良くてかっこいい、、、キャラヴァンみたいなバンド、日本に居る?
 ワシ聞いたことないな…。

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CARAVAN / Cunning Stunts
1976 Deram SKL-R 5210
 ワシが小学1年の頃、少年サンデーに赤塚不二夫の『おそ松くん』や藤子不二雄の『オバケのQ太郎』とともに、ムロタニ・ツネ象という人の『こりゃマイッ太』というギャグ漫画が連載されていたのを覚えております。ただどういう内容だったか、全く忘れてしまっていて、中学の頃のある時期単行本が出ているんかいなと、軽く探していたような記憶はあります。そのお笑いのムロタニ・ツネ象が突如、1967年、『地獄くん』を連載して来たときは衝撃を覚えました。シリアスな山上たつひこが『喜劇新思想体系』や『がきデカ』で大転換大ブレークした時より、まだ年少の児童だっただけに、ショック度においてはこっちのほうが遥かに上だったと記憶してます。
 なんちゅうても、主人公の顔が不気味で怖過ぎる。絵がこれまたシュールすぎたし当時としてはかなりホラーでした。ホラー度だけなら楳図かずおのほうが勝ってましたけど、おそらく、日本の少年漫画雑誌にサルバドール・ダリを持ち込んだ最初の漫画家がムロタニ・ツネ象だったのではないかと思います(このときはダリなんか知ってるワケない、言われてもダリやねんそいつと思いますけど)。

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 とにかく凄かった。まあ、ストーリーそのものは今読んで見ると陳腐さは否めないんですけど、勧善懲悪の悪い事したら地獄に堕ちるという柱はしっかり貫かれておりました。
 それで、主人公の設定、主人公が持つ装備品、これらがなんともいえんサルバドール・ダリですし、絵も言えぬ絶望感はエドワルド・ムンクかという感覚です。まず、地獄くんのブレザーの4つのドクロのボタン。そして胸ポケットには万年筆状の彼のお父さんが住み着いている。このあたりは鬼太郎と似たような設定で、たぶんサンデー編集者が、「鬼太郎の目玉オヤジみたいなあんな感じで」…とリクエストしとったんかも知れません。そしてその万年とっつぁんというのは、ウーパールーパー状の体をくねらせ、悪党に瀕死の重傷を負わされた被害者の顔や体を、元の状態に復元する膏薬を分泌します。そしてドクロのボタンは、悪党の腕に飛びついて噛みつき、血がどくどく流れようが、骨を粉々に砕くまで離さないおっとろしい代物です。さらに悪党が逃げ惑うところは、いつの間にか、これまでただの薄暗い道だったところが、墓石が延々と続く死後の世界であったり、悪党がまたそのままの形で墓石になったり、縦横無尽・千変万化・緩急自在、その疾走感の凄まじさは、水木しげるとは絵的には似てはいるものの、全く異質の感覚です。こないだ久しぶりに読んでみての感慨です。
 この『地獄くん』は、小学2年3学期が始まる前にワシの記憶では始まってます。そしてその年の春ぐらいには連載が終了してます。やっぱり、あの時代には刺激が強過ぎたのか、気持悪過ぎたのか、これまでのお笑いから一転だけに多くの子供が拒絶してもうたちゅうのはあったんかも知れません。
 ワシが中学時代、いつも『あしたのジョー』や『空手バカ一代』を買いに行った本屋の漫画単行本の棚の一番上の隅っこに、いつ行ってもサン・コミックスの『地獄くん』が静かに収まっていたのを思い出されます。結局あのときは、一度も手にとってみようとも買おうとも思わんかったですね。なんせ、表紙の絵がめっちゃキモかったから……。夢に出てきそうでした。今でも長いことは見てられませんな。


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『地獄くん』ムロタニ・ツネ象・著
朝日ソノラマ/サンコミックス SCM-121 初版・昭和44年11月