父親の夢
しばらく夢に父親は出てこなかったのですが、
今日の夢で父親が会いにきてくれました。
私と父親は横に並んで歩いていました。
知らない道でした。どこに向かっていたのかはわかりません。
父親は私の方に顔を向けて
「回復してきているのがわかるんだ。父さんうれしいよ。」
と話しかけてくれました。
私はこのとき、夢とわかっていたのか、とにかく恥ずかしがらずに
今の気持ちをまっすぐに伝えようと思いました。
「お父さんが回復していて、うれしいって言ってくれて私も本当にうれしい。」
父親は元気なときと同じくらいに、おおきな笑顔を見せてくれました。
病気になってから万遍の笑みを浮かべることがなかった父親ですが、
このおおきな笑顔を私は見たかったので、本当にうれしかったです。
明日は四十九日、極楽浄土に行った後に、また会いに来てくれるかなと
心待ちにしています。
今日の夢で父親が会いにきてくれました。
私と父親は横に並んで歩いていました。
知らない道でした。どこに向かっていたのかはわかりません。
父親は私の方に顔を向けて
「回復してきているのがわかるんだ。父さんうれしいよ。」
と話しかけてくれました。
私はこのとき、夢とわかっていたのか、とにかく恥ずかしがらずに
今の気持ちをまっすぐに伝えようと思いました。
「お父さんが回復していて、うれしいって言ってくれて私も本当にうれしい。」
父親は元気なときと同じくらいに、おおきな笑顔を見せてくれました。
病気になってから万遍の笑みを浮かべることがなかった父親ですが、
このおおきな笑顔を私は見たかったので、本当にうれしかったです。
明日は四十九日、極楽浄土に行った後に、また会いに来てくれるかなと
心待ちにしています。
四色ボールペン
父親が旅立ってから、母親は寝言をよく言うようになりました。
ほとんどが聞き取れないのですが、「おとうさん・・・」
と聞こえることもあり、ずっと連れ添った人がいなくなった
ショックは大きいのだろうなぁと思います。
あるとき、夜中に母親がパチッと目を開いて、
私に顔を向けて言いました。
「お父さんがボールペンさがしてるって。」
父親はいつも四色ボールペンで字を書いていて、ボールペンが見当たらないと
「ボールペン知らないかー?」
と家族に聞いてまわっていました。もしかしたらそのボールペンを
父親が探しているのかもしれないと思い、ボールペンを持ってきて
父親の写真の前に置きました。
翌朝、母親にそのことを伝えると、母親は自分が言ったことを
全く覚えていませんでした。父親は大好きな母親に
ボールペンを探してと頼んだ気がしています。
向こうの世界でも四色ボールペンを使ってくれたらいいなと思います。
ほとんどが聞き取れないのですが、「おとうさん・・・」
と聞こえることもあり、ずっと連れ添った人がいなくなった
ショックは大きいのだろうなぁと思います。
あるとき、夜中に母親がパチッと目を開いて、
私に顔を向けて言いました。
「お父さんがボールペンさがしてるって。」
父親はいつも四色ボールペンで字を書いていて、ボールペンが見当たらないと
「ボールペン知らないかー?」
と家族に聞いてまわっていました。もしかしたらそのボールペンを
父親が探しているのかもしれないと思い、ボールペンを持ってきて
父親の写真の前に置きました。
翌朝、母親にそのことを伝えると、母親は自分が言ったことを
全く覚えていませんでした。父親は大好きな母親に
ボールペンを探してと頼んだ気がしています。
向こうの世界でも四色ボールペンを使ってくれたらいいなと思います。
夢で逢いました
おとといのお昼休み、近くの公園で父親のことを思いながらぼんやりしていました。
すると、おじいさんが隣のベンチに座り、「話しかけてもいいですか?」 と声をかけてきました。
「いいですよ。」 と返事をすると、「あなたは眠れていますか?」 と聞いてきましたので、
「いいえ、よく眠れていません。」 と答えました。
おじいさんは、「今不眠症の方が増えていますが、眠りは大事です。病院は治してくれません。」
と言い、私もそう感じていたので、「そうですね。」 と返事をしました。人と話したい気持ちだったのですが、
おじいさんが名前と電話番号をたずねてきて、今の世の中うかつに教えるのは怖いと思いまして断りました。
おじいさんはチラシを渡すと、「ぜひお越しください。」 と熱心に勧められたのですが、「時間があれば」
と言って会社に戻りました。後でインターネットでキーワードを調べると、高額なお布施で問題になった団体でした。
心に大きな穴があいているときに、親身になって話を聞いてくれる人を求める人は多いと思いますが、
話をする相手も気をつけない世の中なんだなぁとしみじみ思いました。
その日家に帰ると、数ヶ月前に申請していた、父親の難病申請の許可が下りた書類が届きました。
父親は自分の病気のことを家族に心配かけまいと隠していましたので、知ったのが昨年のことでした。
病院は、診察はしても難病だとは教えてくれません。父の症状を少しでも軽くしたくてネットを検索しまくって
いたときに、父の病気が難病であることをしりました。そして今年になって難病申請を提出していたのです。
届いた書類を見て、遅かったなと思いました。その他に障害手帳も申請したのですが、届いたのは
なくなった日で呆然としました。どうして役所の手続きはこんなに時間がかかるのでしょうか。。。
もっと早くに知っていたら、私が早く申請していたら、父は治療費で心を悩ませることもなかったでしょう。
そんなことで更に落ち込み、眠りにつきました。
明け方、一旦目を覚ました後、うつつとしてしまい夢を見ました。
父親が背中を向けていました。私は父の肩と背中をマッサージしながら、「お父さんにこうしてあげたかったんだよ。」
と話しかけました。肩の感触は生きているそのものでした。私の話しかけに対して父親は
「気持ちいい・・・」 と言ってくれました。そしてマッサージをはじめてすぐに 「もう、大丈夫。」 と静かに言いました。
私が、「マッサージはじめたばかりだから、まだしてあげられるよ。」 と言うと、静かにうなずいて向こうに去って行きました。
目が覚めて、父が逢いにきてくれたような気がしました。
妹にもこの夢の話をすると、同じ日に妹も夢に父親が現れたそうです。
妹が数組に分かれて、ロケットにつかまって飛びたとうとしていたときに、父親は地上に残っていたそうです。
「ご飯の支度とかできないけど大丈夫か?」 と妹が父親に聞くと、父は 「大丈夫、大丈夫。」 と答えたそうです。
そこで目が覚めたということでした。同じ日に父親は私と妹の夢に現れて、「大丈夫。」 と声をかけてくれました。
父親のメッセージなのかなと思います。
すると、おじいさんが隣のベンチに座り、「話しかけてもいいですか?」 と声をかけてきました。
「いいですよ。」 と返事をすると、「あなたは眠れていますか?」 と聞いてきましたので、
「いいえ、よく眠れていません。」 と答えました。
おじいさんは、「今不眠症の方が増えていますが、眠りは大事です。病院は治してくれません。」
と言い、私もそう感じていたので、「そうですね。」 と返事をしました。人と話したい気持ちだったのですが、
おじいさんが名前と電話番号をたずねてきて、今の世の中うかつに教えるのは怖いと思いまして断りました。
おじいさんはチラシを渡すと、「ぜひお越しください。」 と熱心に勧められたのですが、「時間があれば」
と言って会社に戻りました。後でインターネットでキーワードを調べると、高額なお布施で問題になった団体でした。
心に大きな穴があいているときに、親身になって話を聞いてくれる人を求める人は多いと思いますが、
話をする相手も気をつけない世の中なんだなぁとしみじみ思いました。
その日家に帰ると、数ヶ月前に申請していた、父親の難病申請の許可が下りた書類が届きました。
父親は自分の病気のことを家族に心配かけまいと隠していましたので、知ったのが昨年のことでした。
病院は、診察はしても難病だとは教えてくれません。父の症状を少しでも軽くしたくてネットを検索しまくって
いたときに、父の病気が難病であることをしりました。そして今年になって難病申請を提出していたのです。
届いた書類を見て、遅かったなと思いました。その他に障害手帳も申請したのですが、届いたのは
なくなった日で呆然としました。どうして役所の手続きはこんなに時間がかかるのでしょうか。。。
もっと早くに知っていたら、私が早く申請していたら、父は治療費で心を悩ませることもなかったでしょう。
そんなことで更に落ち込み、眠りにつきました。
明け方、一旦目を覚ました後、うつつとしてしまい夢を見ました。
父親が背中を向けていました。私は父の肩と背中をマッサージしながら、「お父さんにこうしてあげたかったんだよ。」
と話しかけました。肩の感触は生きているそのものでした。私の話しかけに対して父親は
「気持ちいい・・・」 と言ってくれました。そしてマッサージをはじめてすぐに 「もう、大丈夫。」 と静かに言いました。
私が、「マッサージはじめたばかりだから、まだしてあげられるよ。」 と言うと、静かにうなずいて向こうに去って行きました。
目が覚めて、父が逢いにきてくれたような気がしました。
妹にもこの夢の話をすると、同じ日に妹も夢に父親が現れたそうです。
妹が数組に分かれて、ロケットにつかまって飛びたとうとしていたときに、父親は地上に残っていたそうです。
「ご飯の支度とかできないけど大丈夫か?」 と妹が父親に聞くと、父は 「大丈夫、大丈夫。」 と答えたそうです。
そこで目が覚めたということでした。同じ日に父親は私と妹の夢に現れて、「大丈夫。」 と声をかけてくれました。
父親のメッセージなのかなと思います。