映画『二十四の瞳』 | 普通人の映画体験―虚心な出会い

普通人の映画体験―虚心な出会い

私という普通の生活人は、ある一本の映画 とたまたま巡り合い、一回性の出会いを生きる。暗がりの中、ひととき何事かをその一本の映画作品と共有する。何事かを胸の内に響かせ、ひとときを終えて、明るい街に出、現実の暮らしに帰っていく…。

2020年1月21日(火)新文芸坐(東京都豊島区東池袋1-43-5 マルハン池袋ビル3F、JR池袋駅東口下車徒歩3分)―特集「没後10年 高峰秀子が愛した12本の映画 ~名女優自ら選んだ、名匠たちとの仕事~」―で、17:20~ 鑑賞。『』15:25~と2本立て上映。

「二十四の瞳」⑴「雁」「二十四の瞳」

作品データ
英題 Twenty-Four Eyes
製作年 1954年
製作国 日本
配給 松竹
上映時間 154分


「二十四の瞳」⑸「二十四の瞳」(3)

壺井栄(1899~1967)の同名小説(1952年)を木下惠介(1912~98)が脚色・監督した日本映画の名作。1928(昭和3)年から敗戦の翌1946年までの激動の時代、女性教師と12人の教え子たちの師弟愛、幾歳月を経ても変わらぬ美しい小豆島の自然と、貧しさや古い家族制度、戦争によってもたらされる悲劇とを対照的に映し出した心温まる感動作。主演は高峰秀子、20代から50代までに扮して熱演。共演に笠智衆、夏川静江、田村高廣、天本英世、小林トシ子、浪花千栄子、月丘夢路、浦辺粂子、清川虹子ほか。
子役には、1年生役と、その後の成長した6年生役を選ぶに際し、全国からよく似た実際の兄弟・姉妹を募集。3600組7200人の子供たちの中から、12組24人が選ばれた。また、大人になってからの役者も、その子供たちとよく似た役者が選ばれた。これにより、1年生から6年生へ、そして大人へと、子役たちの自然な成長ぶりを演出している。
1987年には朝間義隆監督・田中裕子主演でリメイクされた(脚色:木下惠介)。また2007年にはデジタルリマスター版が制作されDVD発売と劇場公開がなされた。

「二十四の瞳」(2)「二十四の瞳」(4)
「二十四の瞳」⑺「二十四の瞳」⑹

ストーリー
昭和3年4月、大石久子(高峰秀子)は新任のおなご先生として、瀬戸内海小豆島の分校へ赴任した。一年生12人~男子5人(磯吉、吉次、竹一、仁太、正)、女子7人(松江、早苗、小ツル、コトエ、マスノ、ミサ子、富士子)~の“二十四の瞳” (にじゅうしのひとみ)が、初めて教壇に立つ久子には特に愛らしく思えた。二十四の瞳は足を挫いて学校を休んでいる久子を、2里も歩いて訪れてきてくれた。しかし、久子は自転車に乗れなくなり、近くの本校へ転任せねばならなかった。5年生になって二十四の瞳は本校へ通うようになった。久子は結婚していた。貧しい村の子供たちにも人生の荒波が押し寄せ、母親の急死した松江は奉公に出された。修学旅行先の金毘羅(こんぴら)で偶然にも彼女を見かける久子。そして、子供たちの卒業とともに久子は教壇を去った。その頃台頭した軍国主義の影が教室を覆い始めていたことに嫌気がさしてのことだった。8年後。大東亜戦争は久子の夫(天本英世)を殺した。島の男の子は、次々と前線へ送られ、竹一、正、仁太の3人が戦死し、ミサ子は結婚し、早苗は教師に、小ツルは産婆に、そしてコトエは肺病で死んだ。久子には既に子供が3人いたが、2歳になる末っ子(長女)八津は空腹に耐えかねた末に柿の実をもごうとして落下し死んだ。敗戦の翌年、久子は再び岬の分教場におなご先生として就任した。教え子の中には、松江やミサ子の子供もいた。一夜、ミサ子、早苗、松江、マスノ、磯吉、吉次、小ツルが久子を囲んで歓迎会を開いてくれた。二十四の瞳は揃わなかったけれど、想い出だけは今も彼らの胸に残っていた。数日後、岬の道には教え子たちに贈ってもらった自転車に乗り、元気にペダルを踏む久子の姿があった―。

▼予告編






Music



▼「マッちゃん!元気でね 手紙頂戴ね  先生も書くから…さようなら」 :
【6年生を引率した修学旅行で「金刀比羅宮(ことひらぐう)」を訪れた大石先生⇒高峰秀子。図らずも“マッちゃん”こと川本松江(演:草野貞子)と再会する。家が貧しく、母親が亡くなった後、養子に出された松江は、“こんぴらさん”の参道わきの飯屋で働いていた―。】


Full Movie



私感
自分史上、本作の映画館での鑑賞は、今回が3度目に当たる。
遠い記憶をたどれば、最初に出会ったのが、1950年代、北海道・岩見沢市の映画館で、私が小学生の時だった。ただし、それが公開直後の54年9月のことだったか、また私自身の単独行動によるものだったかは、はっきりとしない。当時しばしば連れ立って出かけた姉と一緒に観たような気もするし、あるいは文部省特選映画ということで教師に引率されて観たのかもしれない…。
2度目はデジタルリマスター版が劇場公開された2007年3月、東京(新宿?)の映画館で。そして、約13年ぶりの再々見。

本作は私にとって無性に懐かしく忘れがたい作品だ。再見時はもとより、今回もまた、“女教師とその12人の受け持ちの生徒たちとの愛情の物語”に魅入られっぱなし。少年少女たちのあどけない純朴な表情と全編を流れる美しい小学唱歌が切々と胸に迫る。そして、失われた時代の悲しみの全てを受け止め、受け容れ、浄化する役目を果たした高峰秀子の名演にほとほと感服!