
作品データ:
製作年 1959年
製作国 日本
上映時間 78分
初公開 1959年1月3日

1957年に結婚・渡仏した岸惠子の最初の里帰り作品。『カルメン故郷に帰る』(1951年)、『二十四の瞳』(1954年)、『楢山節考』(1958年)などのヒット作を生み出した名匠・木下惠介監督(1912~98)のオリジナル脚本により、岸惠子、久我美子、有馬稲子の三大スター初顔合わせで贈る名篇。信濃路の美しい山河を背景に、母と息子、二代にわたる“身分”違いの恋の行方を、旧家の没落や因習・差別といった社会問題を織り交ぜて描く。
ストーリー :
信濃川の流れが山々の間を通り抜けると信州善光寺平である。県道に添った名倉家で結婚式が行なわれ、花嫁のさくら(久我美子)、祖母トミ(東山千栄子)らは、車に分乗して出発していった。見送っていた春子(岸惠子)は、息子の捨雄(川津祐介)の姿が見えないのに気づいた。胸騒ぎを覚え、川辺へ向かって駆け出した。土手の上まで来て立ちすくんだ。捨雄が水を蹴って深みに向かっているのを見たのだ。彼女は夢中で追いすがった。……
18年前、春子は17歳で、小作人の娘だった。戦時中、彼女が大地主・名倉家の次男で、召集された英雄(川金正直)と抱き合ったまま橋から飛び込んだのも、この川なのだ。許されぬ恋の決算は、英雄が死に彼女だけが生き残ることになった。名倉家当主の強之進(永田靖)は怒り狂って英雄の骨壷を川に投げ捨て、春子の父も自ら命を絶つ。一人ぼっちで身重の春子は、村人から白眼視され、つらい日々を送った。外聞を気にした名倉家は、下僕・弥吉(笠智衆)の熱心な口利きで彼女を渋々引き取り、旧家の納屋で子供を生ませた。生まれた男児は、父親の代わりに国のために命を捨てろという意味を込めて「捨雄(すてお)」と名付けられた。春子と捨雄は旧弊に縛られた義父母(強之進&トミ)の冷たい仕打ちの中で、屈辱の毎日を過ごす。名倉家には、死んだ英雄の兄夫婦(勝之〈細川俊夫〉&たつ子〈井川邦子〉)に、その一人娘で捨雄より7歳上のさくらがいた。彼女だけが春子母子に優しく接し、いつも姉弟であるかのように捨雄と遊び、可愛がった(※少女時代のさくらに扮したのは和泉 雅子)。
戦後、農地改革で地主制度が解体され、名倉家は没落。強之進の急死後、トミが家長に収まり、名倉家の強権を振るい始める。落ちぶれた旧家に婿養子の来手もない。トミは養子をとれない代わりに、長男夫婦のひとり娘さくらの嫁入り先にこだわる。やがて自らが気に入った資産家の次男と、孫娘との縁談がまとまり、彼女はこれで名倉家の面目が立った、名倉家を笑っている世間の連中に仕返しができたと喜ぶ。さくらの結婚が決まり、いつか彼女に淡い恋心を抱くようになっていた捨雄だったが、「いいお嫁さんになってください」と心から彼女を祝福する。春子と捨男は、「お嬢様」が嫁いだらこの家を出て、二人で新しい生活を始めようと決心する。
女学校時代の親友・乾幸子(有馬稲子)がさくらを訪ねて来た。彼女は学校を出るとすぐ東京へ出て行った。それを、さくらはどんなに羨んだことだろう。幸子は売れない画家と結婚して貧乏暮らしを送っていた。「私は人を愛し、結婚した。自分のことはいつも自分の意志でやってきた。貧乏だけど幸せだし、後悔もしないだろう」。彼女の帰った後、さくらは今までの虚ろな生活を救っていたのは捨雄の清らかな愛情だったと改めて気づく。その記憶を胸に新しい人生へ出発しようと決意する。結婚前のある深夜、さくらと捨雄は家を抜け出て川辺で会った。さくらは自ら強く抱きしめ、口づけをし、捨雄に言う。「私は捨雄ちゃんが好きだった。私の人生は無駄ではなかった。お嫁に行くけど、二人でいっぱい遊んだこと、今夜だけの二人だけのこと、私は一生忘れない」。……
さくらの花嫁姿を目にした捨雄は、深い悲しみに襲われる。彼は一人、川の土手へ行き、嫁いでいくさくらを見送り、そして川の深みへ進んでいく。母は「捨雄」と叫び、彼は母の声に思い止まった。春子は追いすがり、捨雄を河原に連れ戻す。そして、「ばか、ばか、ばか」と泣き叫んで、息子の背中を叩いて言う。「おまえまでお母さんを置いて死のうだなんて、ばかだね。そんなことをしたら、さくらさんにどんな噂が立つかわからないじゃないか。おかあさんも悪かった。あの日からもぬけの殻で生きてきた。約束したように名倉家を出て、二人で暮らそう」。
風花の舞う日、春子は今まで通ることのなかったあの橋を、お嬢様への思いを断ち切った捨男と連れ立って渡る。途中、橋の上から英雄が死んだ川に向かい黙祷。春子は微笑みを浮かべて言った。「風花って知ってるかい?晴れたお天気の良い日に、どこからか風に乗って舞ってくる、こんな雪のことなんだよ。なんだか幸先(さいさき)がいいじゃないか」。
名倉家を出た、旅支度の親子二人は大いなる空と山並みと、そして夫/父の眠る信濃川に見送られて駅へ向かった―。
▼予告編